3-1 32細胞期までの卵割過程の観察と各割球の命名

ワカレオタマボヤの発生の研究を行うにあたって、初期卵割過程の情報は重要です。しかし、ワカレオタマボヤの初期発生については、1910年のDelsmanの論文以来報告されていません。

Delsmanは、プランクトンネットを用いて海で採集して得られた数百の胚の観察を元にしてこの論文を発表しました。この中で彼は、ワカレオタマボヤの原腸陥入終了までの詳細な卵割パターンと割球配置の記載、そして幼生にいたるまでの体の構造について非常に詳しく記載をしています。これは、当時の顕微鏡技術を考えると驚くべきものです。また、彼は、ホヤの方法とは異なる環形動物・軟体動物の方法に倣ってワカレオタマボヤの割球命名法を定義しました。

私たちの研究室では、Delsmanの報告を確認するため、近代的な方法を用いてワカレオタマボヤの初期卵割過程を調べることにしました。具体的には、ノマルスキー顕微鏡による卵割過程の写真撮影・タイムラプスビデオ撮影、phallodinによる細胞膜染色胚の顕微鏡観察、また初期胚の立体画像構築といった方法により、初期卵割過程と原腸陥入について詳しく見て行きました。

(1)ノマルスキー顕微鏡による初期卵割過程の写真撮影

初期胚を動物極側、植物極側、前方、後方、右側、左側の全6方向から初期卵割過程で割球配置がどのように変化して行くかを、ノマルスキー顕微鏡により追跡していきました。

挿入図2:ノマルスキー顕微鏡写真の一覧表

(2)ノマルスキー顕微鏡によるタイムラプスビデオ撮影

続いて、初期卵割過程の卵割パターンを、ノマルスキー顕微鏡によりタイムラプスビデオ撮影により確認しました。ここでは、初期卵割の様子と原腸陥入の様子を撮影したものを紹介します。(ビデオ閲覧にはQuicktime Playerが必要です)

ワカレオタマボヤの原腸陥入は非常に早く、32細胞期で始まります(ホヤは110細胞期)。

(3)細胞膜染色胚の顕微鏡観察

ここでは、初期胚の細胞膜をphalloidinで染色し、どのように割球が原腸陥入していくかを観察しました。

(4)細胞膜染色胚の共焦点顕微鏡観察と立体画像構築

(3)と同様、初期胚の細胞膜をphalloidinで染色したものを、共焦点顕微鏡で観察後、画像処理ソフト(Voxblast、DeltaViewer)を用いて立体画像を構築しました。

挿入図4:共焦点顕微鏡の一覧表

このように、32細胞期までの卵割パターンと割球配置の確認し、各割球の命名(命名の仕方はDelsmanの方法に倣っています)を行いました。その結果、Delsmanの報告がほぼ正しいことが分かりました。

挿入図5:8〜32細胞期の割球配置
挿入図6:32細胞期の割球配置

・B1割球の不等分裂

さて、Delsmanの報告と違っていたのが、B1割球が著しい不等分裂を行うという点です。Delsmanによると、B1割球は分裂せず、その後30細胞期で由来不詳の2割球が現れると書かれています。しかし我々が観察したところ、B1が著しい不等分裂をした結果が、この2割球であると分かりました。B1割球はワカレオタマボヤ胚の最後方割球であり、このように最後方割球が著しい不等分裂をするという点は、マボヤと似ています。

挿入図7:ノマルスキー顕微鏡による後方の写真
挿入図8:B1割球の分裂過程

*ワカレオタマボヤの割球命名法

各割球は8細胞期から識別できるようになり、割球名が付きます。

8細胞期では、それまで均等であった4つの割球に大きさの違いが生じはじめます。動物極側は大きくて、ほぼ均等な4割球からなり、植物極側は動物極側より小さい4割球からなります。さらに、植物極側では、前方の2割球の方が小さくなります。動物極側前方割球をa、後方割球をb、植物極側前方割球をA、後方割球をBと呼びます。また、正中線を挟んで右側の割球に下線を引きます。

8細胞期から16細胞期にかけての分裂では、例えば、動物極側前方割球のa割球は”a1”と”a2”に分裂します。分裂後の娘細胞のうち、動物極に近い方に1、植物極に近い方に2をつけます。さらに、16細胞期から32細胞期にかけての分裂では、a1割球は動物極に近い方の”a11”と植物極に近い方の”a12”に分裂します。

参考文献

  • H. C. Delsman、BEITRÄZGE ZUR ENTWICKLUNGSGESCHICHITE VON OIKOPLEURA DIOICA、Verch. Rijksinst. Onderz. Zee, 3 (2), 1-24 (1910)

3-2 細胞系譜の作成へ

目次へ戻る