3-2 細胞系譜の作成

細胞系譜とは、受精卵から成体ができるまでの発生過程で細胞がどのように分裂してどのような組織細胞になるかを記述したものです。細胞が分裂するときには、ひとつの親細胞から二つの娘細胞が生じます。このことから、単一の細胞である受精卵から多細胞の成体ができる過程は、細胞が分裂するごとに二分する末広がりの樹形図で示すことができます。細胞系譜とは、この樹形図と各細胞の予定運命とを合わせて具体的に記載したもののことです。

細胞系譜の記述は正常発生を細胞レベルで理解するために必要なだけでなく、発生のメカニズムを解析するために行われるさまざまな実験にとっての基礎的な情報を提供します。例えば、オタマボヤと同じ尾索動物亜門に属しているマボヤ(Halocynthia roretzi)では、少なくとも初期嚢胚までの全割球運命が明らかになっています(Nishida,1983,1985,1986,1987)。この情報は、ホヤ類の組織分化や形態形成についての研究の発展に大きな役割を果たしています。この他にも、ヒモムシの一種Cerebratulus lacteus(Henry J.J. and Martindale M.Q.,1998)や、モデル生物である線虫の一種Caenorhabditis elegance(Sulston JE et al.,1983)など、発生初期の卵割に個体差があまりない無脊椎動物を中心に細胞系譜の記述がされています。

1910年の論文でDelsmanは、ワカレオタマボヤの卵割パターンの記載を行い、割球の命名法を定めました。これに基づき、当研究室ではこれまで、「32細胞期までの卵割過程の観察と各割球の命名」を行い、32細胞期においてすべての割球を判別することができています。また、ワカレオタマボヤの初期卵割には個体差がないことも確認できています。そこで現在、これらの情報をもとに、ワカレオタマボヤの細胞系譜の作成が行われています。実際には、初期胚の1つ1つの割球にHRPなどの色素を顕微鏡下で注入して、その割球が幼生や成体のどの組織や器官になるかを観察して調べます。これらの情報を合わせて、ワカレオタマボヤの細胞系譜の作成を行います。

ワカレオタマボヤ幼若体
4細胞期の1割球をHRPで標識し、
幼若体期にDAB染色で検出した。
(スケールバーは50µm)

参考文献

  • Nishida H. and Satoh N. (1983) Dev. Biol. 99, 382-394.
  • Nishida H. and Satoh N. (1985) Dev. Biol. 110, 440-454.
  • Nishida H. (1986) Dev. Growth Differ. 28, 191-201.
  • Nishida H. (1987) Dev. Biol. 121, 26-541.
  • Henry J.J. and Martindale M.Q.(1998) Dev. Biol. 201, 253-69.
  • Sulston J.E. et al. (1983) Dev. Biol. 100, 64-119.
  • Delsman H.C. (1910) Verh. Rijksinst. Onderz. Zee. 3, 3-24.

3-3 トランスポゾンを用いた突然変異隊の作成とその技術の開発へ

目次へ戻る