研究目標:植物の初期胚ではたらく位置情報を明らかにする

一緒に研究を進めてくれる学部生・大学院生を歓迎します

植物の芽生えは、必要最小限の器官を持つ単純な形をしています。双子葉植物であれば、二枚の子葉と根や、それらをつなぐ胚軸が見られます。また、二枚の子葉の間には茎頂分裂組織と呼ばれる未分化な細胞集団があり、そこから発芽後の新しい葉や茎が作られていきます。当たり前のようですが、芽生えを構成するこれらの組織・器官は必ず決まった配置で作られます。例えば地上部に根ができて地下部に葉や茎が作られることはありません。

どのようなしくみで決まった位置にのみ特定の器官・組織が作られるのでしょうか?芽生えでみられる基本的な組織・器官の配置が決まるのは若い胚珠・種子の中です。発生中の種子の中にある胚で遺伝子発現を見てみると、器官を作る多くの遺伝子は特定の領域でのみ発現していることがわかります。たとえば茎頂分裂組織を作るCUCSTMといった遺伝子は初期胚で二つの子葉原基の間で発現します。もしCUCSTMが他の領域で発現すると、その部分から茎頂分裂組織が作られてしまいます(Takada et al, 2001)。これらの遺伝子を特定の細胞だけで発現させているメカニズムがあるに違いありません。決まった場所で特定の遺伝子を発現するためには細胞が自分自身の置かれた場所を認識する必要があります。動物など他の多細胞生物の研究によると、各細胞は何らかの物質の濃度差などを利用して、個体内における自分の位置を認識しています。このように目印となる物質をモルフォゲンと呼び、それによって与えられる位置の情報を「位置情報」と呼びます。動物では発生のごく初期に細胞の運命が決定されていることが多いのに対し、分裂している植物細胞は細胞の置かれた位置に応じて細胞の運命・性質を容易に変化させます(van den Berg et al, 1995)。このように分化状態が非常に弱い、もしくは発生において分化の決定が比較的遅いのが植物の発生の特徴です。つまり植物は常に「位置情報」に依存しながら発生をしています。

植物胚のパターン形成を理解するために、シロイヌナズナなどで変異体を用いた解析がおこなわれてきました。これは、胚発生の特定の過程がおかしくなった変異体を見つけることで、パターン形成を制御する遺伝子を見つけようという試みです。しかしながら、植物の位置情報伝達に関わる遺伝子はあまり同定されていません。これには二つの理由が考えられます。ひとつは、高等植物(特にシロイヌナズナ)には機能的に重複した遺伝子が多いため、単一遺伝子の変異では表現型が表れない可能性があります。また、位置情報が異常な変異体は胚致死となる可能性が高いですが、芽生えの表現型に注目した変異体のスクリーニングに比べて、胚致死性変異体のスクリーニングは避けられてきました。これは胚致死変異体の表現型の解釈が難しいことが一因だと思われます。実際、初期胚でパターン形成の変異体として分離されてきた変異体の原因遺伝子の多くはハウスキーピング遺伝子であることが分かっています。

では、どうやったら植物胚の位置情報を理解できるのでしょうか?シロイヌナズナは2000年に全塩基配列が解読されたモデル生物であり、特定の遺伝子をノックアウトした遺伝子破壊株のコレクションも充実しています。私たちは、植物胚のパターン形成の解明にはシロイヌナズナのゲノム情報を用いた逆遺伝学的な手法が有効と考え、いくつかの試みを行なっています。

例えば、先述のように位置情報によって最終的に決まるのは遺伝子の発現の違いだと考えられます。遺伝子にはタンパク質をコードするコード領域と、遺伝子が転写される場所やタイミングを決める転写制御領域があります。転写制御領域の特定の塩基配列を認識して転写因子と呼ばれるタンパク質が結合することで、遺伝子のはたらく細胞(mRNAが合成される細胞)を決めています。興味深い事にショウジョウバエでは、転写因子自体が濃度勾配を作って位置情報を与えることが分かっています。また、ステロイドホルモン受容体型転写因子のように、活性がリガンドによって調節される転写因子も知られています。リガンドによる位置情報を直接転写に結びつける転写因子が存在する可能性も期待できます。位置情報に応答するシス配列とそれに結合する転写因子を同定することも、位置情報伝達経路を解明するための着実な方法の一つです。

わたしたちは、HD-ZIP class IV転写因子をコードするシロイヌナズナのATML1遺伝子の発現パターンを位置特異的な転写を理解するためのモデルとして研究しています。ATML1は胚の表面に位置する細胞で発現し、そのホモログPDF2とともに表皮形成を制御すると考えられています(Abe et al, 2003)。ATML1を植物体全体で働かせると、緑色の葉肉細胞を作るはずの葉の内側の組織に、気孔の孔辺細胞や毛状突起など表皮の性質を持つ細胞がつくられました (Takada et al., 2013)。このことは、ATML1が表皮形成を正に制御するマスター遺伝子として働くことを示唆します。つまり、表皮が正しく分化するためには、ATML1の発現が厳密に調節されている必要があります。ATML1は細胞の性質が決まる以前の胚発生初期から胚の一番外側に位置する細胞でのみ発現するため、位置情報によって直接その発現が制御されている可能性が期待できます(Lu et al, 1996)。私たちは、高感度のレポーター遺伝子を開発することで、植物の初期胚ではじめて転写制御領域の詳細な解析をおこない、ATML1の胚最外層特異的な発現に充分なシス領域を明らかにしました (Takada and Jürgens, 2007)。現在これらのシス配列に作用する転写因子を同定するための新しい手法を考案して、解析を進めています。

この他にも、位置情報を伝達する転写因子の網羅的なスクリーニングや、位置情報に関わる転写因子以外の新たな因子の探索も試みています。興味のある方はご連絡ください。