ID Bar
About us headline

                                  

       

脳の機能の典型的なものの一つが記憶です。記憶は20年前なら心理学の研究対象でしたが、現在は生物学的アプローチが可能です。それは、脳の機能は、多数の神経細胞が作るネットワークの中で情報が処理されて実現するわけですが、そのネットワーク内での情報の伝達の効率や経路が経験によって変化することが明らかになってきたからです。神経細胞の情報伝達は、シナプスという継ぎ目部分で、前の細胞が化学物質(神経伝達物質)を分泌し、後ろの部分がそれを受けることで行われます。その伝達のようすは一定不変ではなく、使われれば使われるほど効率が増したり、枝分かれして数自体が増えたりするのです。逆に使われなければ効率が落ち、消失してしまうこともあります。これをシナプスの可塑性と呼びます。今のところ、個々の具体的な記憶が「脳のどこのどのシナプスが変わるために起こる」とまで特定することはできませんが、原理上のことなら以前よりかなりよくわかってきています。

さて、記憶には、あっというまに作られるがすぐに消えてしまう短期記憶と、ずーっと長く保持される長期記憶の2種類があることは、日常の体験で知っていることですが、これらが生物学的には前者が蛋白質の新合成を必要としない既存のシナプスでの変化、後者が、蛋白質の合成を必要とするシナプスの新規形成に対応するということが確からしくなってきています。短期記憶のしくみは、アメフラシという軟体動物(海岸に住む大きなナメクジ)の神経節やネズミの海馬(大脳の一部)の薄切り切片を材料にした研究で、分子のレベルまで明らかになっています。しかし、長期記憶のしくみは、まだほとんど未開拓です。私たちはその未開拓の分野に挑戦しています。