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細胞はキラルだ~新しい細胞極性~

ショウジョウバエ胚の後腸は、発生過程におき、左ネジ方向に90度捻転します。これまでの研究により、後腸の回転には、細胞の歪みが関与していることを発見しました。この歪んだ細胞の形状は、鏡に映した像が元の像と重なり合わないため、キラルであるといえます。この細胞が示す平面細胞内の新たなる性質を、平面細胞内キラリティと呼ぶことにしました。 これは、生体内の細胞がキラルであることを示した初めての例であり、組織の発生に関与する新たなる細胞極性だと考えています。コンピュータ・シミュレーションを用いることにより、平面細胞内キラリティにより後腸の反時計回りの回転が説明できることがわかりました。本研究室の成果により、細胞キラリティによる組織の形が作られる新たな仕組みを明らかにできました。 別のグループの研究から、平面内細胞キラリティが哺乳類の培養細胞でもみつかりました。つまり、我々の研究によって、動物に普遍的な新しい細胞の極性が見つけられたと思っています。今後は、細胞平面キラリティが形成される仕組みを明らかにしていきたいと考えています。

組織の生み出す「力」を測定する


図1 後腸が左右非対称な形態に発生する過程を模式的に示した図。
後腸は傘の柄のような形状をしている。後腸は最初、ほぼ左右対称な形態をしているが、後方からみて約90°捻転することで、左右非対称な形態となる。


図2 後腸の捻転を止める実験を模式的に示した図
後腸の先端部に顕微注入した磁性ビーズと磁石を用いて磁力を発生させ、後腸の先端部を引っぱる。その結果、後腸の捻転と釣り合う力が発生し、後腸の捻転を止めることができる。

生物の発生は、組織形態の変形を伴って進行します。これまで生物が発生していく仕組みに関して、遺伝子の発現パターンや発現調節、モルフォゲンなどのシグナルタンパク質の機能などを中心に多くの知見が得られてきました。しかし、発生過程において、組織形態を実際に変形させる「力」に関する知見はあまり得られていません。

松野研究室は、ショウジョウバエ消化管の一部である後腸が左右非対称な形態に発生する過程に着目し(図1)、器官が左右非対称な形態になる仕組みを研究してきました。その結果、上皮細胞のキラリティによって、後腸の左右非対称な変形が誘発されることを明らかにしています。つまり、上皮細胞のキラリティが後腸を左右非対称とする「力」を生み出すと、推測しているのです。 この仮説を確かめるためには、「力」を定量的に扱うことが必要です。松野研究室では、消化管の上皮細胞のキラリティが生み出す「力」を測定する新しい方法を開発しました。この手法では、磁気ビーズを消化管内に顕微注入し、磁石を近づけることで、後腸の捻転に必要な「力」と釣り合う力を発生させます(図2)。 その結果、消化管の捻転を人為的に止めることができます。その時加えた「力」と回転軸からの距離より捻転に必要なトルクを算出します(図3)。この手法を用いることで、消化管の捻転に必要なトルクの定量化に成功しています。今後、細胞のキラリティに関わる遺伝子と、組織が生み出す「力」との関係を明らかにできると考えています。

図3 後腸の捻転トルクの計算を模式的に示した図。
回転軸から磁性ビーズまでの距離と加えた磁力により、捻転トルクを算出する。



小胞体ストレス応答とNotchシグナル

小胞体では、タンパク質の合成、修飾、適切な構造を取るための折りたたみなどが行われています。正常に折りたたまれなかった不完全なタンパク質が小胞体に蓄積すると、小胞体ストレスが誘発されます。最近では、小胞体ストレスが、糖尿病やパーキンソン病といった神経変性、肥満や脂肪肝といった代謝異常など、様々な疾患の原因となることが報告されています。小胞体ストレスが生じると、生体は、不完全なタンパク質の合成を停止させ、修理し、分解する、といった防御システム (小胞体ストレス応答)を起動します。私たちは、Notchシグナルの構成因子であるPecanexの機能が、小胞体ストレス応答と深くかかわっていることを発見しました。

Pecanexは、小胞体に局在する、機能不明の13回膜貫通タンパク質です。本研究によって、Notchシグナルの新たな制御機構が明らかとなり、様々な疾患治療に有効なアプローチが解明できるのではないかと期待しています。
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