女性の“働かない”X染色体の仕組みを解明
         
   私たちヒトの性を決める性染色体は、男性はXとYが1本ずつ、女性はXが2本の組み合わせです。女性の細胞では、2本のX染色体のどちらか1本が働かないように小さく折りたたまれて「凝縮」していることが古くから知られています。女性のX染色体を働かなくすることは、生命の存続にかかわるほど非常に重要な現象にもかかわらず、どのようにして染色体が折りたたまれるのか詳細な仕組みは分かっていませんでした。
 今回私たちは、X染色体の凝縮をつかさどるタンパク質を突き止めることに成功し、その研究成果がNature姉妹誌のNature Structural & Molecular Biology誌に掲載されました。
 このページでは、論文のポイントをできるだけやさしく解説していきます。
   
         
   
         
   
         
   ヒトの染色体は46本で1セット。その内訳は1番から22番までの常染色体が2本1組で44本と、X、Yという名の性染色体が2本です(男性はXY、女性はXXの組み合わせ)。
 女性の細胞では2本ある性染色体(X染色体)のうちの1本が小さく凝縮して「バー小体」をつくり、不活性化していることが古くから知られています。しかし、バー小体がいったいどのようにしてできるのか、具体的な構造や詳細は分かっていませんでした。
 今回、私たちは体の中で働く無数のタンパク質の中からバー小体をつくるタンパク質を突き止めることにチャレンジしたのです。
  女性の細胞核の中の様子(イメージ)  
         
   凝縮し不活性化したX染色体(バー小体)は小さく折りたたまれて「ヘテロクロマチン」とよばれる構造をとっています。まずはこのヘテロクロマチンの構成要素としてすでに知られている、HP1(Heterochromatin Protein 1)というタンパク質に着目しました。
 細胞の中で働いている全タンパク質の中からHP1を狙って釣り上げると、HP1に結合しているタンパク質たちも一緒についてくるのでそれらを片っ端から解析したのです。この方法で、ヘテロクロマチン化に関わる新たなタンパク質を数多く発見する事ができました(Nozawa et. al., Nature Cell Biology, 2010)。ここではごく微量(1/1,000,000,000グラム)のサンプルからでもタンパク質を特定できる質量分析計が活躍しました。
  HP1結合タンパク質をさがす  
         
   次に、分子イメージングや次世代DNAシーケンサーというヒトの全遺伝情報をわずか3日で解読できる強力な装置を使い、発見したヘテロクロマチンタンパク質たちがそれぞれ染色体上のどこで働いているのかを調べました。すると、不活性化したX染色体に存在するタンパク質が見つかったのです。
 その名をHBiX1(エイチビックスワン:HP1-binding protein enriched in inactive X chromosome 1)といいます。
  HBiX1タンパク質は不活性化X染色体に存在する  
         
   果たしてHBiX1とバー小体の関係は?
 培養した女性の細胞でHBiX1の働きを阻止したところ、なんと核からバー小体が消滅することがわかりました。さらにX染色体が2本とも凝縮せずにいることも確認できました。HBiX1は確かに<バー小体をつくるタンパク質>だったのです。
  HBiX1タンパク質はバー小体形成を担う  
         
         
   さらに詳細な解析を行った結果、HBiX1はHP1だけでなくSMCHD1というタンパク質にも結合し、加えて不活性化X染色体だけに存在しているXISTというRNAとも連携して染色体を小さく折りたたんでいくことが明らかになりました。
 論文で発表した、染色体が折りたたまれてバー小体ができるまでの一連のモデルをアニメーションにしました。ぜひご覧ください。
   
         
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