2023年度 「生物科学特論F8」
(*注意:このノートは2019年度版ですが更新予定はありません。CLEの配付資料と一緒に講義の参考として使ってください)
<はじめに> 注意:講義ノートには著作権があります。第三者への譲渡、営利目的は遠慮ください。 |
第1回 | ||
「光合成反応」 |
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第2回 | ||
(2)反応中心タンパクの構造と機能 |
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第3回 | ||
(3)反応中心タンパクにおける電子移動機構 電子移動が起こるためには二つの条件が必要である。第1の条件は電子供与体(ドナー)と受容体(アクセプター)の電子波動関数の重なりができなければならない。この電子波動関数に関係する項を電子因子という。第2の条件は電子が移動するときには原子核の運動により始状態のエネルギーが終状態のエネルギーに一致しなければならない。この原子核の運動に関係する項を核因子という。 Marcusの電子移動理論によると人工系、生体系を問わず、電子移動速度定数kは電子供与体(D)と受容体(A)の電子共役因子(κ:カッパと読む)とフランク・コンドン因子(FC)の二つに比例する。 k = 2π(κ)(FC)/h κは電子移動が起こるときのDとAの波動関数の重なりに依存し、DとA分子の端から端までの距離rの指数関数で減衰する。このことは、波動関数そのものの重なり度合いが距離に関係する因子であることから直感的に理解できるであろう。 κ =κ0 exp[-β(r-r0)] βは減衰の程度をあらわす係数であり、r0は二分子の最近接距離(約3Å)である。βはD-A間に存在する物質で決まり、タンパク質では約1.4Å-1、D-Aが共有結合した化合物の場合はおよそ0.7Å-1という値が実験的に得られている。 フランク・コンドン因子は、反応系と生成系の核波動関数の重なり度合いを意味し、反応の前後で核の反応座標が一致する確率を表す。反応の自由エネルギー差(-ΔG)と再配置エネルギー(λ)が一致したときに最大になる。またFCは、-ΔGがλより小さくても(normal region)、大きくても(inverted region)小さくなると期待される。 FC = (4πλkBT)-1/2 exp[-(ΔG+λ)2/4λkBT] λは電子が移動する際に系全体が誘電緩和するのに必要なエネルギーで、D-A分子の核の再配置エネルギー(λin)と、まわりの溶媒(タンパク質)の再配置エネルギー(λout)の和となる。一般に、D-A分子が大きいほどλinは小さく、溶媒の誘電率が小さいほどλoutは小さい。 近年の高速分光法による電子移動の研究、特に架橋化合物D-Aでの研究成果はこれを実証し、量子論的な取り扱いが進められている。反応中心(紅色細菌型反応中心や系1型反応中心)においてもキノン分子(QB)の入れ換え・再構成実験から、生体反応系への適用が確認されている。 (4)多様なアンテナ系と光適応機構 1)多様なアンテナ系 a. 緑色イオウ細菌のFMOタンパク 7分子のBchl aをもつFMOタンパクが3量体を形成し、自らがアンテナとして機能するとともに、クロロゾームからRCへのエネルギー移動の経路となっている。水溶性色素タンパク質であることが特徴である。 b. 植物葉緑体LHC-IIタンパクおよびLhaタンパク 系II複合体周辺のLHC-IIタンパクはαへリックスが膜を3回貫通する構造を持ち、3量体を形成する。また系I複合体周辺の4種類のLhaは、複合体の半円周上にそれぞれ1個ずつ存在している。 c. シアノバクテリアのフィコビリゾーム αβサブユニットが円盤状の3量体を形成し、円筒形を形成するように積み重なっているのが特徴である。個々のαβサブユニット内には3分子の色素(フィコビリン色素:開環テトラピロールの総称)がシステインのSH基とチオエーテル結合している(αサブユニットに1分子、βサブユニットに2分子が結合)。 d. 渦鞭毛藻のperidinin-Chl aタンパク(PCP) 2分子のChl a、8分子のperidinin(ペリディニン)を結合するタンパクが3量体を形成している。渦鞭毛藻は昆布などの褐藻類と同じく、二次共生藻類に属している。 2)光適応機構 光に限らず、広く環境応答によって光合成装置の劇的な変化が生じる。講義ではおもに照射光の波長による変化について解説した。 a. 植物のstate transitions 光化学系Iがおもに吸収するような700nmの光(PS I light)を照射すると、光化学系IIからの蛍光が増大し(State 1)、逆に光化学系IIがおもに吸収するような650nmの光(PS II light)を照射すると、光化学系Iからの蛍光が増大する(State 2)。これは1970年代前後に報告されていた現象で、state transitionsと言われる。植物の光合成電子伝達系は2種類の光化学系が直列に繋がることで構成され、お互いに協働的(協調的)に駆動することが最大活性の維持に必要である。そのために2つの光化学系の間で励起エネルギーのアンバランスが生じた場合、それを解消するためのエネルギーのre-distribution機構が存在している。PS II lightが照射されるとアンテナタンパク質のLHC-IIはリン酸化を受け、光化学系IIから光化学系Iへ移動し、逆にPS I lightが照射されると脱リン酸化を受けて光化学系Iから光化学系IIへ戻ることが分かっている。このようなリン酸化、脱リン酸化はb6f複合体(正確にはキノンプール:Q-pool)の酸化還元状態によって調節されているとされているが、現在も尚、詳細な機構は不明である。 b. シアノバクテリアの光適応 i)short-term adaptation 植物と同様に、赤色光(PS I light)、青色光(PS II light)照射による励起エネルギーのre-distribution機構が存在している。3つのモデル(mobile model、spillover model、detachment model)が提唱されているが、現在はmobile modelとspillover modelの2つの機構が協調的に働いていると考えられている。 ii)Long-term adaptation short-term adaptationは数秒から数分で生じる現象であるが、赤色光(PS I light)あるいは青色光(PS II light)をずっと照射し続けると、数時間から数日の時間を費やして光合成装置が適応していく現象が観測される(Long-term adaptation)。よく知られている現象に、PS I/PS II量比の変化と、補色適応(Chromatic adaptation)がある。つまり赤色光を照射し続けるとPS I/PS II量比は小さくなり、逆に青色光では大きくなる。これはPS IIの絶対量は変化しないが、PS Iの合成量変化により調節されていることが分かっている。補色適応はフィコビリゾームの色素としてフィコエリスリン(青色光を吸収する色素)をもつシアノバクテリアで観察され、青色光では合成が促進、赤色光では阻害され、シアノバクテリアそのものの色が大きく変化する。 c. その他の環境適応 i)ヘテロシストを形成するシアノバクテリア 一部のシアノバクテリア(アナベナAnabaena、ノストックNostoc)では、窒素源としてアンモニアのある培地から窒素源のない培地に移されると、ヘテロシスト(異質細胞heterocyst)と呼ばれる細胞に分化する。このような細胞はニトロゲナーゼという酵素を発現するようになり、空気中の窒素ガスをアンモニアに還元し生育のための窒素源として利用できる。またヘテロシスト内の光化学系IIは消失し、細胞は循環的電子伝達系により還元力を作り出している。ニトロゲナーゼは酸素に不安定であり、水を分解して酸素を発生する光化学系IIの消失は合目的な戦略である。一方、もとの通常細胞は栄養細胞(vegetative cell)と呼ばれる。 ii)渦鞭毛藻の日周期 渦鞭毛藻は日周期(サーカディアンリズム:circadian rhythm)をもつ。夜の海の波間に漂う渦鞭毛藻が青白く光っているのは、発光タンパク質・ルシフェラーゼをもつためである。昼夜のリズム(12時間のlight on-off)で培養すると、TCAサイクルの中間産物量がサーカディアンリズムを示すことが最近、報告されている。また葉緑体も昼と夜で、その形態を大きく変化させる。夜の葉緑体は核周辺に凝縮し、チラコイド膜の密に積み重なったstacking構造が観察されるが、昼間は細胞全体に分散し、チラコイド膜も2-3枚がstackingするだけである。このような昼夜の劇的なチラコイド膜構造の変化に伴い、光合成装置がどのように変化しているのかは不明であり、今後の興味深いテーマである。 d. 鉄欠乏下で誘導されるRC-アンテナ超分子複合体 シアノバクテリアは集光性アンテナ装置としてフィコビリゾームをもつが、鉄欠乏下で集光性タンパク質IsiA(isiA: iron-stress-induced gene A)が誘導される。このタンパク質はCP43'(CP43-like protein)とも呼ばれ、光化学系II反応中心のアンテナタンパク質としても機能しているCP43と類似している(一次構造上のsimilarityが存在する)。このIsiAが鉄欠乏下、光化学系I反応中心(三量体である)の周りにリング状に取り囲むという超分子複合体を形成する。その生理学的意味はよく分からないが、PS I/PS II比は3から1に変化し、PS Iの集光性能が増大することから、光合成活性を高めるための生き残り戦略なのであろう。あるいはPS IIのphotoprotectionとして働いているのかも知れない。実験室内の培養においては鉄は欠乏することはないが、自然界においては(特に海洋)鉄分というのは環境変動によって枯渇する状況が起こるようである。さらに原核緑藻では、鉄欠乏下、IsiAと類似したPcbアンテナタンパク質が誘導され、同じように光化学系I反応中心の周りを18個のPcbアンテナタンパク質で取り囲むという超分子複合体を形成する。興味深いことに、このPcbアンテナタンパク質は、弱光下で培養すると、二量体を形成した光化学系II反応中心の両端に4分子ずつ(合計8分子)結合したような超分子複合体を形成していることも報告されている。まだ研究領域としては発展段階であり、この先、どのように展開していくのか楽しみである。 |
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