第1回(10月 7日予定) |
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(I)呼吸によるエネルギー変換
1.クエン酸サイクル
(1)解凍系と発酵(教科書:Essential細胞生物学第2版、13章を参照)
1.細胞がエネルギーを獲得する代謝経路の仕組みには3つの特徴がある。
a)段階的に酸化され、小刻みに還元力(NADHやFADH2)として蓄えていく。NADH(FADH2)は最終的にミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系によりATPに変換される(酸化的リン酸化という)
b)共約反応系を上手く利用して、エネルギー的に不利な反応(吸エルゴン反応)をエネルギー的に有利な反応(発エルゴン反応)で駆動させている。例:解糖系の第6反応と第7反応(基質レベルのリン酸化反応が関与する)
c)リン酸化(ATP合成)には基質レベルのリン酸化と酸化的リン酸化がある。
2.解糖系の概略
a)1分子のグルコース(6炭素化合物)が嫌気的に酸化され、ピルビン酸(3炭素化合物)、ATP、NADHがそれぞれ2分子できる反応経路である。
b)解糖系によって取り出されるATPエネルギーは、基質レベルのリン酸化反応による産物である。第6反応および第9反応で生じる1,3-ビスホスホグリセリン酸(1,3-BPG)、ホスホエノールピルビン酸(PEP)は高エネルギー中間体であり、直接リン酸基はADPに転移し、ATPが作り出される。
c)解糖系は酸素が関与しない反応経路であり、嫌気性微生物も利用している。それゆえ生命進化のごく初期に誕生したと考えられている。
3.発酵
解糖系で生じたピルビン酸は、NADHによる還元を受けて乳酸となる(乳酸発酵)。あるいは、脱炭酸により1個の炭素が脱離してからアセトアルデヒドとなり、NADHによる還元を受けてエタノールに変換される(アルコール発酵)。これらは、第6反応に必要なNAD+の再生反応と理解することができる。還元型NADHが蓄積し過ぎると酸化型NAD+が枯渇し、解糖系は第6反応で停止してしまう。
(2)クエン酸サイクルの概要
1.特徴
a)解糖系で生じたピルビン酸の脱炭酸後、アセチルCoAができる。
b)糖、脂肪酸、アミノ酸異化代謝は、アセチルCoAとつながっている。
c)2炭素化合物のアセチルCoAは、4炭素化合物のオキサロ酢酸と共有結合することにより、クエン酸回路(TCA回路、クレブス回路ともいう)に入り込む。
d)いわゆる呼吸により肺から排出される二酸化炭素(CO2)は、クエン酸回路上の化合物由来である。呼吸によって肺に吸い込んだ酸素は、ミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系により水に変換される。(最重要事項の一つである!詳細な反応経路は後日説明する)
2.クエン酸サイクル発見の歴史
発見者クレブスの巧妙な実験について紹介した(教科書:Essential細胞生物学第2版、13章・442-443ページ参照)。代謝経路上のコハク酸の類似化合物・マロン酸は、コハク酸デヒドロゲナーゼを特異的に阻害する。この阻害剤を用いて、当時としては直線的と考えられていた代謝経路を、回路という革新的な概念の導入を行うことによって解明した。クレブスの発見は1930年代であり、現在の質量分析計などの高精度な解析装置のなかった時代に、長い年月を費やして解明に至ったことは特筆に値する。
(3)アセチルCoAの生成:ピルビン酸デヒドロゲナーゼ
a)ピルビン酸デヒドロゲナーゼは多酵素複合体であり、ピルビン酸から脱炭酸反応によりCO2を放出し、残ったアセチル基を補酵素A(CoA)に結合させるための5連続反応を触媒する。
b)複合体は3つの酵素、E1(ピルビン酸デヒドロゲナーゼ)、E2(ジヒドロリポアミドS-アセチルトランスフェラーゼ)、E3(ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼ)からなる。構築モデルについては教科書(ヴォート基礎生化学、344ページ)を参照のこと。一般に多酵素複合体の特徴(メリット)は、反応速度が速い、副反応が最小に抑えられる、同調的(協調的)な反応制御により効率的、が挙げられる。
c)5種類の補酵素・補因子(TPP、リポ酸、CoA、FAD、NAD+)が働いている(教科書・表17-1参照)
d)第1反応の脱炭酸にはTPP(チアミンピロリン酸)が重要な機能を担っている。細胞内の脱炭酸反応には、TPPが補酵素として関与する(生物化学Aで学んだピルビン酸デカルボキシラーゼもTPPが関与する、教科書・図15-20参照)。チアゾリウム環の第四級窒素原子は正電荷に荷電し、隣の炭素原子に結合するプロトンは解離しやすくなている。そのために反応性に富む、カルボアニオンを生成し(イリド型)、ピルビン酸のカルボニル炭素を求核攻撃する。カルボニル炭素はカルボニル酸素原子の求引性のために求核攻撃を受けやすい(カルボキシル基はアミノ基とのアミド結合形成反応に関しては容易である)。生じた1-ヒドロキシルエチルも共鳴安定化したカルボアニオンとなり、次の第2反応(ジヒドロリポアミドのジスルフィドを攻撃してアセチル誘導体が生じる)へと進行する。
e)ジヒドロリポアミドS-アセチルトランスフェラーゼは、エステル交換反応によりアセチルCoAを生成し、同時にジヒドロリポアミド(還元型リポアミド)を生じる。
f)ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼは、ジヒドロリポアミド(還元型リポアミド)を再酸化してリポアミドに戻すとともに、引き抜かれた電子はNAD+の還元(NADHの生成)に用いられる。
<復習ポイント>
1.解糖系の正味の化学反応式(インプットとアウトプット)を書けるようにしておく(グルコース、ピルビン酸については化学構造式を憶えよう)。
2.乳酸発酵、アルコール発酵の生理的意味について理解を深めておく。
3.ピルビン酸デヒドロゲナーゼ多酵素複合体の構成成分(サブユニットと補酵素・補因子との関係)と役割を確認しておこう(教科書・表17-1参照)。なぜヒ素(As)によって酵素活性は失活するのであろうか。 |
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第2回(10月21日予定) |
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(I)呼吸によるエネルギー変換
前回講義の復習を、解糖系とピルビン酸デヒドロゲナーゼを中心に行った。次回の演習も今日と同様に、まずは反応経路を描きながら理解していく、というやり方を行いたいと思います。クエン酸サイクルの8つの反応ステップをすべて説明したが、特に脱炭酸反応のステップ、不可逆反応の生理学的意味に関する理解を深めておいてください。
1.クエン酸サイクル
(4)クエン酸サイクルの諸酵素
A.クエン酸シンターゼ
a)クエン酸シンターゼはホモ二量体であり、"Induced Fit"による構造変化(オープン型と閉鎖型)を起こす。
b)オキサロ酢酸とアセチルCoAの縮合反応を触媒する酵素。基本的には有機化学反応で有名なアルドール反応である。アルドール反応とはカルボニル化合物が塩基触媒下でエノレートを形成し(あるいは酸触媒下でエノールを形成し)、アルデヒドやケトンへ求核攻撃する反応である。この反応による最初の生成物はβ-ヒドロキシカルボニル化合物(アルドール)である。その後、酸処理あるいは熱処理を行うと脱水反応が進行し、α,β-不飽和ケトンが生成する。本酵素(クエン酸シンターゼ)は、アルドール生成で終了する。
c)エノレート生成に関わる塩基触媒はAsp375の陰イオン(Hが解離したカルボキシル基)であり、アセチルCoAのメチル基からプロトンを引き抜く役割がある。
d)生成したエノレートは、オキサロ酢酸のカルボニル炭素に求核攻撃をしかけることにより、クエン酸を生成する。
d)生成物クエン酸のヒドロキシル基は、オキサロ酢酸のカルボニル酸素がプロトン化したものである。このプロトンは、酸として機能しているHis320に由来する。
e)自由エネルギー変化は、-31.5 kcal/molであり、生理的条件下では不可逆反応となる。
*この反応ステップの自由エネルギー変化が必要以上に大きいのには生理的意味がある!
B.アコニターゼ
a)異性化反応によりクエン酸をイソクエン酸に変換する酵素である。中間体としてcis-アコニット酸が生じる。
b)クエン酸はプロキラル分子(反応の進行によりキラルになることができる分子.プロとは一歩手前という意味)であり、中心炭素原子に結合した2個のカルボキシメチル基のうち、pro-R基(教科書図の下側のカルボキシメチル基)のプロトンが取れる。酵素は明確にR型とS型とを区別しているのが特徴である。
*RS表示法を復習しておくことが望ましい。
C.イソクエン酸デヒドロゲナーゼ
a)NAD依存的に進行する酸化的脱炭酸反応。生じるCO2の炭素原子は、オキサロ酢酸のカルボキシル基由来である。どちらのカルボキシル基由来であるかに注意すること。
b)自由エネルギー変化は、-21.5 kcal/molであり、生理的条件下では不可逆反応となる。
D.2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ
a)クエン酸サイクルでは、第2回目の脱炭酸反応であり、CO2とNADHを生じる。生成物はスクシニルCo-Aである。生じるCO2の炭素原子は、オキサロ酢酸のカルボキシル基由来である。
b)2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼは多酵素複合体(E1: 2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ、E2: ジヒドロリポアミドS-スクシニルトランスフェラーゼ、E3: ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼ)であり、その反応機構は基本的にはピルビン酸デヒドロゲナーゼと同じである。ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼは、ピルビン酸デヒドロゲナーゼのE3と同一である。
c)自由エネルギー変化は、-33 kcal/molであり、生理的条件下では不可逆反応となる。
E.スクシニルCoAシンテターゼ
a)リン酸基の転移反応により、GDPからGTPの生成を行うステップである(基質レベルのリン酸化反応であることに注意)。CoA化合物は高エネルギーをもち、その分解によって放出されるエネルギーは(発エルゴン反応である)ATP(やGTP)の加水分解エネルギーに相当する。
b)GTPとATPは、ヌクレオチド二リン酸キナーゼで速やかに相互変換する。実は哺乳類の酵素はGTPを合成するが、植物や細菌ではATPがつくられる。
F.コハク酸デヒドロゲナーゼ
a)コハク酸を脱水素し、フマル酸とFADH2を生じる。FADはタンパク質のHis側鎖に共有結合している補欠分子(補酵素)である。
b)コハク酸脱水素酵素は膜結合酵素で、電子伝達系(呼吸鎖)の複合体IIに相当する。
G.フマラーゼ
a)フマル酸の二重結合を水和し、リンゴ酸をつくる。
b)まず水酸基(OH-)が付加して反応性の高い遷移状態であるカルボアニオンが生成し、これにプロトン(H+)が付加する。
H.リンゴ酸デヒドロゲナーゼ
a)クエン酸サイクルの最終反応である。
b)ヒドロキシル基が酸化され、オキサロ酢酸の再生とNADHが生成する。
c)自由エネルギー変化は、+29.7 kJ/molであり、通常では進行しない反応である。しかし次のクエン酸シンターゼによる反応では、シトリルCoA(反応中間体)の加水分解という発エルゴン反応(-31.5
kJ/mol)が反応進行の駆動力と成る。このことに関しては、再度、次回講義において補足予定。
<復習ポイント>
1.脱炭酸される炭素はどの部分で何由来か(オキサロ酢酸由来かアセチルCoA由来か、またどの位置の炭素由来かを理解しておくこと)
2.不可逆反応はどのステップか
3.どのステップでどのような反応生成物が生じるか
4.代謝反応系ではプロトン(H+)の出入りがある。これは解離した水に由来していることを理解すること。
<補足>
1.二つ以上の化学反応において、一つの反応の生成物が、他の一つの反応の基質となるような系列をつくっている時、これらの反応は共役しているという(『生化学辞典』から)。
2."synthase"と"synthetase"の意味の違いについて:"synthetase"は高エネルギー化合物の合成・分解と共役してATPが分解・合成される反応。"synthase"は単に「合成酵素」という意味。
3.標準自由エネルギー変化と平衡定数との関連について理解を深めておく必要がある。標準自由エネルギー変化は、平衡後の基質と生成物の濃度比により決定される。
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第3回(10月28日予定) |
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(I)呼吸によるエネルギー変換
1.クエン酸サイクル
(4)クエン酸サイクルの諸酵素
小テストをもとに 前回講義の復習を行った。間違った箇所を訂正後、提出。不可逆反応と標準自由エネルギーとの関係について、Essential細胞生物学の図を用いて解説した。『共役』の定義について、誤解のないように注意した。
(5)クエン酸サイクルの調節
クエン酸サイクルの正味の反応は以下のようになる。
3NAD+ + FAD + GDP + Pi + アセチルCoA −> 3NADH + FADH2 + GTP + CoA + 2CO2
調節機構を理解するには、まず、クエン酸サイクルのどのステップで生成物が生じるかを理解する必要がある。NADH、FADH2の呼吸鎖における酸化により、生産されるATP量は次回講義で説明予定。
A.ピルビン酸デヒドロゲナーゼの調節機構
1.生成物阻害
[NADH]/[NAD+]、[アセチルCoA]/[CoA]比が高くなると酵素の脱炭酸速度が低下する。
2.リン酸化・脱リン酸化による共有結合調節
a)ピルビン酸デヒドロゲナーゼのサブユニットの一つE1は、リン酸化・脱リン酸化により酵素活性が調節される。Ser側鎖がリン酸化されると不活性型となり、脱リン酸化されると活性型となる。
b)ピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ(E1のリン酸化酵素)は、NADHとアセチルCoAにより活性化され、E1はリン酸化される。逆にピルビン酸とADPにより阻害される。
c)ピルビン酸デヒドロゲナーゼホスファターゼは、インスリンにより活性化される。
d)Ca2+は、ピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼを阻害し、ピルビン酸デヒドロゲナーゼホスファターゼを活性化する。これには生理的意味がある(Ca2+は筋収縮のシグナルである)ことを理解する必要がある。
B.クエン酸サイクルの速度を制御する反応ステップ
クエン酸サイクルの律速段階は、8つの各反応ステップの標準自由エネルギー変化に基づいて理解することができる。ΔG < 0 の酵素反応は、クエン酸シンターゼ、NAD+依存イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体である。またサイクルの代謝速度は、(1)基質の供給、(2)生成物阻害、(3)サイクルの中間体による競合的フィードバック阻害、という単純な方法で制御されている。
補足説明:「自由エネルギー変化」とは?
ある反応の進む方向は、自由エネルギーの変化量(ΔG)によって決まる。ΔGは以下の式で定義されている。
ΔG = ΔG0 + RT ln [B]initial/[A]initial R:気体定数、T:絶対温度
ΔG0は標準自由エネルギーと呼ばれ、反応が平衡に達したとき(ΔG = 0)、平衡定数K = [B]equi/[A]equi により一義的に決まる値である(equi: equilibriumの意味)。逆にΔG0の値から、反応が平衡に達したときのAとBの濃度比(平衡定数K = [B]equi/[A]equi)を求めることができる。ここで重要なのは自由エネルギーの変化量(ΔG)は、反応開始前のAとBの濃度比で決まるということである。いくらΔG0が負の値でも、[B]initialが大過剰に存在すれば、B -> A の反応は理論上、起こりうることを示している。酵素反応はあくまでも可逆なのである。*このGibbsの自由エネルギーの概念は初めて学ぶ人にとっては、かなり難解である。特にΔGの定義式は、(1)初期状態(AとBの濃度比)から反応の方向性を議論することも可能であり、また(2)平衡状態に達した後に平衡定数(AとBの濃度比)を求めることも可能である、ということが理解できないようである。授業でも解説したが、[A]と[B]の意味が(1)と(2)のケースで異なっていることに注意して欲しい。
<復習ポイント>
1.クエン酸サイクルの正味の反応スキームは?
2.どのステップで生成物が生じるか。
3.ピルビン酸の調節機構(生成物阻害とリン酸化・脱リン酸化による調節)
<補足ポイント>
なぜ、クエン酸サイクルは右回りなのか?
鍵となる酵素は第1ステップのクエン酸シンターゼである。世の中には逆回りの「還元的」TCAサイクルをもつ細菌が存在していて、ATP-citrate lyaseが機能している。「還元的」TCAサイクルでの炭酸CO2の取込には還元力(還元型FdやNADPH. 注意:NADHではない)を用いていることも分かっている。参考となるサイト(URL) http://photosyn.jp/pwiki/index.php?還元的TCA回路
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第4回(11月11日予定) |
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(I)呼吸によるエネルギー変換
1.クエン酸サイクル
ピルビン酸デヒドロゲナーゼの調節機構、および自由エネルギー変化の意味について小テストをもとに復習した。
(6)クエン酸サイクルの関連反応
クエン酸サイクルそのものは異化経路(自由エネルギーの放出を伴う代謝経路)であり、サイクルの運行に必要な中間体は触媒量あれば十分である。しかし、このサイクルの中間体は他の代謝経路(糖代謝、脂質代謝、アミノ酸代謝)と複雑に絡み合っていて、中間体は異化経路のみならず同化経路(自由エネルギーの要求を伴う代謝経路)の原料となっている。このような二面性をもつサイクルであるため、その代謝速度の調節も一見、複雑となっている。クエン酸サイクル中間体を利用する経路(カタプレロティック反応または消費反応)、クエン酸サイクル中間体を供給する経路(アナプレロティック、補充反応)について理解しておく必要がある。
A.消費反応
グルコース合成(糖新生)(生物化学Aで学習済み)、脂肪酸合成、アミノ酸合成とつながっている。脂肪酸合成はアセチルCoAを原料にして細胞質で起こる。しかしアセチルCoAはミトコンドリア内膜を通過できないため、クエン酸をミトコンドリアから細胞質に運び出し、ATP-クエン酸リアーゼの働きでアセチルCoAとオキサロ酢酸を作り出す。また2-オキソグルタル酸とオキサロ酢酸は、アミノ酸合成へとつながっている。グルタミン酸デヒドロゲナーゼは、2-オキソグルタル酸をで還元的にアミノ化することによりグルタミン酸を合成する。オキサロ酢酸はアラニンとのアミノ基転移反応でアスパラギン酸とピルビン酸を生じる。
B.補充反応
ここで最も重要なのはピルビン酸カルボキシラーゼ反応(ピルビン酸からオキサロ酢酸を合成する)である。例えば運動中、解糖量が急激に増加してピルビン酸が増産されると大量のアセチルCoAがクエン酸サイクルに流れ込む。しかしサイクル中間体の量が増加しない限り、代謝速度が速まることはない。そのために、ピルビン酸カルボキシラーゼによりピルビン酸の一部はオキサロ酢酸に合成される必要がある。同じ理由で、ピルビン酸の一部はグルタミン酸からのアミノ基転移でアラニンとなり、グルタミン酸の方は2-オキソグルタル酸となる。このように、オキサロ酢酸、2-オキソグルタル酸はピルビン酸の酸化的脱炭酸で生じるアセチルCoAの異化を効果的に進めるために補充される必要がある。逆に、消費反応によってサイクル中間体の量が減少しした場合でもアセチルCoAの相対濃度が増加し、結果的にサイクルの代謝速度は遅くなる。そのためにピルビン酸カルボキシラーゼは活性化され、オキサロ酢酸を補充する。サイクルの二面性を前提に考えれば、容易に理解できるかと思う。
2.ミトコンドリアの電子伝達系と酸化的リン酸化
解糖系およびクエン酸サイクルによって酸化されたグルコース1分子から生じた12対の電子は10分子のNADHと2分子のFADH2として貯蔵される。これの分子は、ミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系に渡され、酸化される。このとき電子伝達反応とプロトンの汲み出しが共役し、最終的に電子は酸素と結合して水となり、プロトンの電気化学ポテンシャル(狭義にはプロトンの濃度勾配)はATP合成の駆動力となる。これら一連の反応に関与するタンパク質群と反応機構について講義する。
(1)ミトコンドリア
ミトコンドリアは二重膜構造からなる(ミトコンドリアは好気性原核微生物が共生することによって進化してきたと考えられている;これについては、光合成の講義で再度解説する予定である)。外膜は10kDa以下の物質は自由に通過することができるが、内膜には特別な輸送タンパクが存在する。細胞質の還元等量(解糖系で生成されたNADHは内膜を通過できない)は、リンゴ酸-アスパラギン酸シャトルを逆行させることでミトコンドリア内に取り込むことができる(生物化学Aで学習済み、図16-20参考)。また昆虫のミトコンドリアにはグリセロリン酸シャトル(図18-5)も存在する。しかしこの場合、
細胞質側の還元等量・NADHはミトコンドリア内でFADH2に変換されるため、生じるATPは1分子少なくなる。外膜と内膜の間の空間は膜間部と呼ばれ、NADHとFADH2が電子伝達系で酸化されるとき、膜間部にプロトンが汲み出される。結果的に内膜を挟んで、膜間部とマトリックスとの間でプロトンの濃度勾配が生じ、電気化学ポテンシャルが形成される。ATP/ADP交換輸送体は、電気化学ポテンシャルの膜電位で駆動されることが分かっている。
(2)電子伝達
内膜に存在する電子伝達経路の概略について説明した。4種類の複合体(複合体IからIV)は直線的につながっていないことに注意する。複合体Iおよび複合体IIは補酵素CoQ(膜内に存在する電子伝達成分)を介して複合体IIIとつながっている。NADHは複合体Iで酸化されることにより、FADH2は複合体IIで酸化されることにより、CoQはキノールという還元型となる。この還元型CoQが複合体IIIによって酸化される。詳細は次回からの講義で説明していく。
A.電子伝達反応
電子は酸化還元中心間を伝達されていく。この反応は発エルゴン過程であり、電位の低い(エネルギーの高い)酸化還元中心から電位の高い(エネルギーの低い)酸化還元中心へと電子は流れる。この標準酸化還元電位は、水素電極(ゼロV)を基準にして定義されている。水素電極より低い電位はマイナス、高い電位はプラスとなる。銅イオン(ECu0 = +0.15 V)、鉄イオン(EFe0 = +0.77 V)を半電池とする電池の起電力(ΔE)はΔE = EFe0 - ECu0 = +0.62 V となり、電子は銅イオン半電池から鉄イオン半電池へと流れる。
同様に、二つの半反応からなる酸化還元反応の標準電位差ΔEtotal0は
ΔEtotal0 = Eacceptor - Edonor となる。
たとえばNADHのO2による酸化を二つの半反応に分けて考えるならば
NAD+ + H+ + 2e- <-> NADH ΔE0 = -0.315 V
1/2O2 + 2H+ + 2e- <-> H2O ΔE0 = 0.815 V
O2/H2Oの半反応は酸化還元電位が高く、電子親和力が強い。したがって、NADHが電子供与体となり O2が電子受容体となる(電子はNADHからO2へと流れる)。
1/2O2 + NADH + H+ <-> H2O + NAD+
ΔEtotal0 = Eacceptor - Edonor = 0.815 - (-0.315) = 1.130 V
この反応の自由エネルギー変化は
ΔG0 = -nFΔEtotal0 = -218 kJ/mol
となり、自発的に進行する発エルゴン反応であることが理解できる。
<復習ポイント>
1.クエン酸サイクルの消費反応と補充反応の関連性。特にピルビン酸カルボキシラーゼの生理的意味の理解を深める。
2.ミトコンドリアの構造についての理解を深めておく。またミトコンドリア内膜の発達程度は組織によって異なる(なぜか?)。
3.電子伝達反応は発エルゴン反応である。
4.標準酸化還元電位の定義を理解しておく。特に電位差と自由エネルギー変化を関連づける式が重要!。
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第5回(11月18日予定) |
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2.ミトコンドリアの電子伝達系と酸化的リン酸化
小テストをもとに、電子伝達反応を理解するために必要となる酸化還元電位と電子親和性との関係、および酸化還元電位差に基づく自由エネルギー変化の求め方について解説した。
(2)電子伝達
B.電子伝達経路
複合体I、II、III、IVはミトコンドリア内膜に存在する膜タンパク質複合体であり、これら複合体が構築する電子伝達系によってNADHとFADH2は酸化される。複合体IからIVまでは直線的につながっているのではなく、複合体Iおよび複合体IIはCoQを介してそれぞれ複合体IIIと連結していることに注意する。つまりNADH
-> 複合体I -> CoQ ->複合体III -> 複合体IV、FADH2 -> 複合体II -> CoQ ->複合体III -> 複合体IV、となっている。また複合体I〜IVに含まれる酸化還元中心は、ほぼ酸化還元電位が高くなっていくように(電子が流れていくように)並んでいる。つまりNADHとFADH2の酸化は、自発的に進行する発エルゴン反応である。
C.複合体Iの構造と反応機構
複合体Iを構成するサブユニット数は、バクテリアで13-14個、ほ乳類ミトコンドリアでは約40個である。2010年春にThermus thermophilus(高熱菌)の全構造(4.5オングストローム分解能)が明らかとなり、引き続き2011年夏、同じ研究グループが大腸菌E.coliの膜ドメインの立体構造(3.0オングストローム分解能)を報告した(大腸菌E.coliの親水性部の立体構造はすでに2000年前半に報告されている)。多くの補酵素(電子伝達成分、酸化還元中心)を含むのが特徴で、1分子のFMN(フラビンモノヌクレオチド)と9個の鉄硫黄クラスター(FeS中心)をもつ。酸化還元中心の電位は環境によって変化し、一般的に疎水的環境では電位は低く、親水的環境では電位が高くなる。複合体IではNADHが酸化されてCoQが還元される。またこの電子伝達反応と共役して、1分子のNADHあたり4個のプロトンがマトリックス側(細胞質側)から膜間部(ペリプラズム側)に汲み出される。このプロトンポンプ機構の詳細は今なお不明であるが、Na+やK+のようなイオンチャネルの仕組みを持っていない。講義においても紹介したが、膜ドメインの立体構造から4本のプロトン移動経路の存在が示唆されている。LysやGluなどの解離基をもつアミノ酸が親水性アミノ酸と水素結合のネットワークを形成し、構造変化が引き起こすプロトン移動機構(conformational-driven mechanism;indirect mechanism)が存在すると推測されている。教科書にはプロトンポンプのモデルとして、バクテリオロドプシンによるプロトン移動が紹介されている。アミノ酸側鎖(解離基としてプロトンをもつアミノ酸側鎖)と水分子から形成される水素結合ネットワークが、プロトン移動にとって重要である(プロトンジャンプ)。
D.複合体IIの構造と反応機構
a)クエン酸サイクルのコハク酸デヒドロゲナーゼを含み、コハク酸を脱水素してフマル酸にするとともに、生成したFADH2を酸化、CoQに電子を渡す(キノールを生成)。
b)ホモ三量体で、各プロトマーは4個のサブユニットから構成される。親水性サブユニットはフラボタンパク(Fp)と鉄硫黄サブユニット(Ip)、疎水性サブユニットは膜アンカーとして働くCybLとCybSである。
c)還元型CoQ(キノール)は、脂質二分子膜の中を拡散し、複合体IIIで酸化される。
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第6回(11月25日予定) |
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中間テストのお知らせ
12月2日(月曜日)2時限(教室はE210)約60分間
中間テストを受けないと、期末テストを受ける権利は獲得できません。
テスト終了後は講義の予定です。
2.ミトコンドリアの電子伝達系と酸化的リン酸化
小テストをもとに、ミトコンドリアにおける電子伝達反応に関与する酸化還元中心の構造について理解を促した。
(2)電子伝達
E.複合体IIIの構造と反応機構
a)補酵素Q-シトクロムcオキシダーゼ、シトクロムbc1複合体とも呼ばれる。
b)ホモ二量体で、各プロトマーは2個のシトクロムb(low potential型bL、high potential型bH)、1個のシトクロムc1、1個の[2Fe-2S]クラスターをもつ。
b)化学浸透圧説の提唱者でもあるMichelが、複合体IIIによるキノール酸化、およびそれに共役するプロトン移動の仕組みをQサイクルメカニズムとして1980年代に提案した。約20年後、X線構造解析から、その正当性が証明された。
c)Qサイクルメカニズムは、以下の2つのサイクルが連続して起こることにより、1分子のキノール酸化に共役して4個のプロトンが膜間部に汲み出される反応である。
<1サイクルめ>
QH2 + シトクロムc1 (Fe3+)
−> Q + Q.- + シトクロムc1 (Fe2+) + 2 H+ (膜間部)
<2サイクルめ>
QH2 + Q.- + シトクロムc1 (Fe3+) + 2 H+ (マトリックス)
−> Q + QH2 + シトクロムc1 (Fe2+) + 2 H+ (膜間部)
<サイクル全体>
QH2 + 2 シトクロムc1 (Fe3+) + 2 H+ (マトリックス)
−> Q + 2 シトクロムc1 (Fe2+) + 4 H+ (膜間部)
d)ヘムタンパク質
電子伝達を行うタンパクで、補酵素(電子伝達成分)としてテトラピロールであるヘムをもつ。中心金属としてFeを配位し、酸化型はFe3+、還元型はFe2+である。官能基の違いで、ヘムa、ヘムb、ヘムcなどがある。シトクロムcはタンパクのシステイン残基とチオエーテル結合している。還元型は特徴的な可視吸収スペクトルを示し、α、γ、δ帯(あるいはソーレー帯)の3ピークをもつ。
F.複合体IVの構造と反応機構
a)ホモ二量体で、哺乳動物の場合、13個のサブユニットからなる。日本の研究者である吉川信也(姫路県立大学)が決定した。
b)酸素分子の4電子還元と共役して、4個のプロトンがマトリックス側から膜間部に汲み出される(ベクトリアルプロトンの増加)。しかし酸素分子の4電子還元の際、マトリックス側の4個のプロトンが消費され2分子の水となる(スカラープロトンの減少)。それゆえ、マトリックス側の正味のプロトン減少は反応前後で8個となることに注意。
<補足>プロトンの通り道 proton pathway の議論
バクテリア(P. denitrificans)の由来の複合体IVの立体構造が解明されたとき、2個のプロトン輸送チャネル(D channelとK channel)が提唱された。しかしながらこのチャネル構造はすべての生物で保存されているわけではなく、ウシ(bovine)ではD channelは途中で断絶している。吉川らはウシの複合体IVでは、マトリックスから膜間部までつながっている水素結合のネットワークH chammelがあることを見出し、このチャネルを通してプロトンが汲み出されると主張した。実際、Hela細胞を用いて複合体IVのH chammel上のAsp残基をAsnに変異させたところ、プロトン輸送活性は消失したが、酸素還元活性には全く影響なかった。このことは、酸素還元のメカニズムとプロトン輸送(マトリックスから膜間部までの輸送)メカニズムは全く別の反応機構として作動していることを意味する。実際、 P. denitrificansでは、D channel上のE248 mutantを作成しても、活性(酸素還元活性とプロトン輸送活性)には全く影響なかったという。この議論はまだ決着がついていないが、どうやら全ての生物において、proton chanelは共通に保存されていないようである。
<復習ポイント>
1.酸化還元中心とは何か。FMN、補酵素Q(CoQ)の酸化型、還元型の構造について確認しておく(どの部位が酸化還元を受けるか?)
2.プロトンポンプとは何か
3.プロトン移動には2種類あり、構造変化が引き起こすプロトン移動機構(conformational-driven mechanism;indirect
mechanism)と酸化還元反応に伴うプロトン移動機構(redox-driven mechanism;direct mechanism)がある。前者は複合体Iや複合体IVによるプロトン移動で、いわゆるプロトンポンプともいわれる。水素結合のネットワークを利用して、タンパク内をプロトンが移動する(プロトンジャンプ)。後者は複合体IIIによるプロトン移動で、キノールの酸化によりプロトンが解離する(Qサイクルメカニズムとして理解されている)。これは酸化還元成分の膜内移動に伴うプロトン移動である。
4.ミトコンドリア電子伝達系において、1分子のNADHの完全酸化により、何個のプロトンがマトリックス側から膜間部へ汲み出されるか(ベクトリアルプロトンの増加)。スカラープロトンによる減少を加味すると、内外における正味のプロトンの個数の変化はどうなるか。
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第7回(11月27日予定) |
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2.ミトコンドリアの電子伝達系と酸化的リン酸化
プロトン移動のメカニズムには2種類あることを再度、確認した。膜を挟んだプロトン移動には、プロトンポンプ(conformational-driven
mechanism)と還元型分子の酸化に伴うプロトン移動(redox-driven mechanism)がある。複合体IIIのQサイクルメカニズムについて再度、復習、補足した。また複合体IVの1反応サイクルとは、酸素1分子が4電子還元を受けて、水2分子ができる反応で1反応サイクルが完結することに注意。
(3)酸化的リン酸化
(3)酸化的リン酸化
A.化学浸透圧説
ミトコンドリアでの電子伝達反応は、ATP合成と共役している。このATP合成の駆動力として、Mitchellは1961年、化学浸透圧説を提唱した。この説は、ATP合成のための高エネルギー中間体の存在を否定し、膜を介したプロトン濃度勾配が形成する電気化学ポテンシャルが直接の駆動力となるとした仮説である。以下、電気化学ポテンシャルを、膜を介したイオンの輸送による自由エネルギー変化として説明する。
いま、膜の外と内におけるj-イオン濃度を[j]o、[j]iとする。異なる2点間(外と内)での化学反応を伴わないj-イオンの移動に必要が仕事量Δuj(i-o)は化学ポテンシャル(濃度勾配)と電気ポテンシャル(電位勾配)の両者を考慮する必要がある。
膜内外の濃度差に由来する化学ポテンシャルΔGj(i-o)は、j-イオンの自由エネルギー変化から求まる。 ΔGj(i-o) = Gj(i) - Gj(o) = (Gj(i)o + RT ln [j]i) - (Gj(o)o + RT ln [j]o) = RT ln [j]i/[j]o
標準自由エネルギーは平衡後([j]o = [j]i)のエネルギーを意味するので、
Gj(i)o - Gj(o)o = 0
となるので、上式の関係式を導くことができる。
ここで、化学ポテンシャルを反応の自由エネルギー変化式から導くことも可能である。つまり始状態における外区画、内区画のj-イオン濃度が[j]o-initialと[j]i-initialであるときの自由エネルギー変化は
ΔG = ΔGo + RT ln [j]i-initial/[j]o-initial
ここでも標準自由エネルギー変化は平衡後([j]o-equi = [j]i-equi)のエネルギー変化を意味するので、
ΔGo = -RT ln [j]i-equi/[j]o-equi = 0
したがって
ΔG = RT ln [j]i-initial/[j]o-initial
となる。
反応の自由エネルギー変化式は、始状態(initial)を考えるのか、平衡後の状態(equiliblium)を考えるのかによって、濃度項の持つ意味が異なる。多くの教科書では自明の如く説明していることが、理解の妨げとなっているようである。この点については、すでに授業で解説した。
一方、イオンが膜を通過すると膜電位が生じる。
ΔΨ = Ψi - Ψo
(負電位側から正電位側に正電荷が動くときに符号は正と定義している。ミトコンドリア内膜の膜電位は、通常、負である)
すなわち電気ポテンシャルに由来するエネルギー変化は
zj F ΔΨ = zj F (Ψi - Ψo)
となる。ここでzjはj-イオンの価数、Fはファラデー定数である。
したがって仕事量Δuj(i-o)は、両ポテンシャルを加算する必要がある。 Δuj(i-o) = RT ln [j]i/[j]o + zj F (Ψi - Ψo)
( RT ln [j]i/[j]o:化学的寄与、zj F (Ψi - Ψo):電気的寄与)
いま、プロトンH+を考えたとき zj = 1、ln [H+]i/[H+]o = 2.303 x (log [H+]i - log [H+]o)
化学的寄与の項は、-2.303 RT (pHi - pHo) = -2.303 RT ΔpH
電気的寄与の項は、F (Ψi - Ψo) = F ΔΨ
プロトンH+の電気化学ポテンシャルは
ΔuH+(i-o) = -2.303 RT ΔpH + F ΔΨ = F Δp
MitchelはΔp = ΔΨ -0.06 ΔpH (R、T、Fは定数なので、-2.303 RT/F = -0.06となる)
をプロトン駆動力(protonmotive force)として定義した。
さて、ここで肝臓ミトコンドリア内膜の膜電位が-0.17 V(内部が負)、pH差を0.5とすると(pHはマトリックス側の方が約0.5高い;膜間腔の方がプロトン濃度が高い)、プロトンH+の移動で放出される自由エネルギー変化ΔGは
ΔG = F Δp = F x (ΔΨ -0.06 ΔpH) = F x (-0.17 -0.06 x 0.5) = -19.3 kJ/mol
このエネルギーがATP合成に使われる。
B.ATP合成酵素
a)ATPシンターゼ(ATP合成酵素)は、H+輸送ATPシンターゼ、プロトンポンプATPシンターゼ、F1F0-ATPアーゼともいう。ATPシンターゼは、二つの機能単位、F0(膜貫通タンパク)とF1(膜面タンパク)からなる。尿素処理により、F1はF0から可逆的に解離・可溶化され、可溶化したF1はATPを加水分解できる。
b) F1成分は結合変化機構(結合・コンフォメーション変化機構)により、ATP合成を触媒する。αβから成る三単量の各モノマーはO(オープン)状態、L(ルーズ)状態、T(タイト)状態がある。ADPとPiがL部位に結合し、T部位でATPが合成され、O部位からATPは解離する。プロトン輸送が供給するエネルギーは、おもに合成したATPを酵素から放出するためのT->O変換に使われている。
c)F0成分にあるcリングがプロトン濃度勾配の解消と共役して回転するときに、F1成分のコンフォメーションを変化させる。cサブユニットには1個のプロトンが結合することにより(Asp61のプロトン化・脱プロトン化により)構造変化が起き、これがcリングの回転駆動力になると考えられている。
d) F1F0-ATPアーゼは一回転する(実際にはcリングが一回転する)たびに、3分子を合成する。
e) cリングの実際の回転は、cリングに蛍光ラベルした筋肉アクチンを人工的に結合させ、ATPの加水分解により回転することで確認された。
<復習ポイント>
1.ここで重要事項として確認しておくべき点は、「自由エネルギー変化の85%は電位差(電位勾配)に由来するもので、濃度差(濃度勾配)の寄与は小さい」、「膜電位さえあれば、たとえ濃度差がゼロでもプロトンは流れ込む」、ということである。プロトン駆動力(protonmotive
force)の意味をしっかりと理解しておいてほしい。多くの教科書ではプロトンの濃度勾配がATP合成の駆動力となると表現しているが、Michellが定義したのはプロトンの濃度勾配と電位勾配である。
2.F1成分を構成するモノマーの構造変化によりATPが合成される。この構造変化はプロトン放出に伴うエネルギーに起因する。
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第7回(11月27日予定) |
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(第8回は中間テストとなります)
今回から「光合成によるエネルギー変換」をテーマに講義を進めていきます。以下の講義ノートは、2009年度までの「植物生化学」7−8回分の講義内容をまとめたものです。この通りに進めるとは限りませんが、「ヴォート基礎生化」の教科書に記載されている内容より、専門的な講義になります。これまでの講義もそうであったように、物理化学的な視点から"エネルギー変換"という生命現象を理解することに努めてください。必要な参考書等あれば、その都度、紹介していきます。また必要があれば、演習等も取り入れたいと考えています。
3.「光合成とは何か?」
(1)光合成反応の素過程
光合成の全反応過程は大きく2つに分けることができる。一つは光反応が関与する過程であり、光エネルギーを生物学的に利用できるエネルギーへ変換し、最終的にATPとNADPHを作りだす。もう一つは光が関与しない反応であり、ATPとNADPHを使って有機物等を合成する。特に二酸化炭素と水からブドウ糖を合成する反応は炭酸同化(あるいは炭酸固定)と呼ばれ、この地球上のあらゆる生命活動を支える究極の反応である。本講義では、前者のエネルギー変換機構を理解するために必要な概念の一つひとつについて説明していく。光反応によるエネルギー変換過程は初期過程とも呼ばれ、複雑な素反応からなる複合反応過程である。この反応過程の時間スケールはフェムト秒(10-15 sec)からミリ秒(10-3 sec)領域で終了することが特徴であり、それゆえさまざまな物理化学的・分光学的手法により解析されている。
(2)地球上の物質・エネルギー循環系
光合成を行う植物・藻類(および光合成細菌)は、単に生命活動に必要なエネルギーを作り出すことだけをその主要な働きとはしない。物質循環・エネルギー循環の一次生産者として、現在の地球環境・生態系を維持するのにきわめて重要な働きを担っている。近年、二酸化炭素増加による地球温暖化、異常気象(エルニーニョの発生、台風・ハリケーンなどの大型化による風水害)、人口爆発による食糧危機、等々、様々な地球的規模の難問題に我々人類は直面している。しかもこれらの問題のすべては、光合成生物の作用による地球環境・生態系維持と関連していると言っても過言ではない。講義では、「炭素循環」、「窒素循環」、「イオウ循環」などの物質循環のうち、「炭素循環」について概説した。特に地球上の炭素循環においてはともすれば陸上植物のみが重要視される傾向にあるが、海洋性藻類の占める役割は決して看過できない。陸上植物の8割に相当する炭素を固定し、地球全体の炭素循環のバランスを支えている1)。近年、地球的規模で海洋性藻類の変動を観察した報告が提出されている。亜熱帯域は年間を通じて貧栄養海域であり、海洋性藻類はおもには極地域や、中国沖(上海・香港など)、スペイン・ペルー沖、北西アフリカ沖、インド北西部海域に集中して存在していることが分かってきた2)。
また森林伐採や自然火災による永久凍土消失3)や泥炭火災が及ぼす地球生態系への影響については補足事項を参照されたい。
人間はともすれば現在の目前の事柄のみに目がいきがちである。光合成は、この現在の地球環境形成にも大きく関わってきたことを地球の歴史(地球史)という壮大なスケールからも理解しておく必要がある。原始地球上に生命が誕生して以来、当時の不毛な地球環境を大きく変え、幾多の生命絶滅の危機をも乗り越えながら現在の緑豊かな青き地球を形成してきた。
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第9回(12月9日予定) |
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3.「光合成とは何か?」
(3)生命と地球の共進化(光合成の果たしてきた役割)
原始地球上に生命が誕生して以来、当時の不毛な荒涼たる地球環境を大きく変え、幾多の生命絶滅の危機をも乗り越えながら現在の緑豊かな青き地球を形成してきた4)-8)。ここでは光合成生物の深く関わってきた地球環境の形成過程について、「地球史7大事件」と呼ばれている出来事を紹介しながら概説したい9)-10)。地球史をひもとけば、地球環境激変と生物(生命)の進化とが不思議にも連動していることがよく理解できるはずである。「地球史7大事件」は以下のようにまとめることができる。詳細については、岐阜大学・川上伸一氏のすばらしいWEBサイトを参考にしてほしい11)。今日の講義では全ての紹介はできなかったが、興味ある方は勉強してください。
第1事件 (46億年前)
「地球が始源物質の集積によって成長し形成された。」
第2事件 (40億年前)
「地球上では、これ以降に形成された岩石が地殻に残されるようになった。」
この時代に、初めての原始生命体が誕生した。約35億年前の岩石切片に、微化石の存在が観察されている。当時の大気は嫌気的であり、化学合成細菌の1種であろうと考えられている。また岩石に含まれるイオウ化合物中のイオウ同位体比率の解析から、すでに硫酸還元菌の類が生命活動を行っていたと推測される。また30数億年前に最初の光合成生物が誕生した時代、どのような地球環境であったかを報告する記事が、2004年Nature誌に掲載されている12)。30数億年前の地層中の岩石に見いだされた炭素化合物FeCO3は、当時の還元大気の成分である二酸化炭素(CO2)とFe2+が結合した結果、海底に堆積したという分析結果である。この報告では、太古の海は層状構造をなし、上層は溶解したシリカで過飽和状態、Fe2+は深海層に存在していたと推測されると述べている。それゆえ光合成生物は光の届く浅瀬にしか生息し得ず、30数億年前の地層中に見いだされる炭素質物質(C)は、波や海流で周囲に広がったのではないかと考えられる。*これまでは原始光合成生物は海洋表層部に存在していたと考えられていたが、間違った推測(憶測)であったと思われる。(追記:地球史においては今尚、新たな発見がある.これは現在の分析手法の技術革新が目覚ましく、今まで不明であった新規な歴史的事実が掘り越され、従来の説が再検証されつつあるからである.今後も従来の地球史の定説が覆されることは十分にありうる.)。
第3事件 (27億年前)
「世界中で著しい火成活動があり、地球磁場が急増したらしい。」
ストロマトライトと呼ばれるシアノバクテリアの化石が存在し、この時代にはすでに酸素発生型光合成微生物(シアノバクテリアの祖先)が繁茂し始めていたと考えられる。シアノバクテリアは粘着性の物質(saccharideの類)を分泌するため波打ち際で巻き上げられた小さな砂粒をくっつける。その上にまた新たなシアノバクテリアが育つということを繰り返すために、長い年月の間に固まり、化石となる。それゆえ粘液と砂粒は層状となり、ストロマトライトの縞模様が出来上がる。年間の成長率は0.4-0.5mmで、厚さ40cmのストロマトライトはおおよそ800-1000歳となる。シアノバクテリアによる光合成は日周期で活動するため、1日あたり薄い層を形成する。それゆえ例えば8億5千万年前のストロマトライト化石は1日が435日であったことを記憶している。
縞状鉄鋼層はちょうどこの時期に形成されており、大気中の酸素濃度増加により、海の中に溶けこんでいた還元鉄が酸化され、海底に堆積したものと思われている。縞状になっているのは、酸素濃度が順調に増加したのではなく、増減の周期があることを示している。つまり、ある程度、鉄が酸化されて酸素が消費されと(酸素濃度が減少すると)、大気は還元的になり、また再び、酸素発生型光合成微生物により大気中の酸素は増大する、ということの繰り返してあったと推測される。
第4事件 (19億年前)
「やはり著しい火成活動があり、巨大な大陸がはじめて形成された。」
19億年前は、この地球上に最初の超大陸(ローレンシア大陸)が形成された。この時代に真核生物が出現し、細胞内共生によるミトコンドリア、葉緑体の形成とともに、生殖の多様性化(無性生殖と有性生殖)が生じたと考えられている。特に海洋性藻類の大半は2次共生によって生じており、地球上の生態系を豊かなものにしている。この共生については、次回の講義において再度、詳しく説明する予定である。*藻類画像データはWEBサイト13)を参考。
第5事件 (6億年前)
「大きな大陸が分裂して新しい海洋が形成され、突然多様な生物が発生し進化した。」
5億年前、ゴンドワナ大陸が形成され、地球上の生物相(生物種)は急に豊かなものになった。「カンブリアの大爆発」と呼ばれる現象で、この時代の生物群は、エディアカラ生物群(オーストラリアのエディアカラ丘陵で発見)、澄江動物群(中国の澄江で発見)、バージェス動物群(カナダのローッキー山脈・バージェス頁岩で発見)の3つに分類される。これらのうち、澄江動物群とバージェス動物群の中から現在の地球上に存在する生物群に直結していく祖先型生物が誕生している。エディアカラ生物群は理由は不明であるが、すべて絶滅した。エディアカラ生物群の最も大きな特徴は、非常に平べったい生物群(厚さ数mmから1cmという平らな体)が多く、浅瀬の海の波間を漂いながら(多分、ゆっくりとはいまわる運動能力は持っていたと推測される)、藻や泥の中の小さなエサを食べていたと考えられている。
この5-6億年前から始まったカンブリア期の生物の大爆発(急激に生物種の数が増加したことを言う)は、7億年前の全球凍結9)から甦った地球環境の中での大きな出来事(イベント)であることが分かっている(*これまでの地球史では赤道付近まで氷河が形成されることはないとされていた.一旦全地球が凍りつくと、二度と復元しないというシナリオがシミュレーションによる計算結果から導き出されていた.しかし実際の氷河堆積物の調査・分析から赤道地帯に大氷河期間が存在していたことが判明している.火山からの二酸化炭素等放出による温室効果が再び地球を氷の世界から解き放したと説明されている.その間、生物は温泉等の熱水の噴き出す地域において細々と生息していたのであろう.)。この全球凍結が起こった原因は、光合成生物とメタン菌の不均等により、当時の地球を暖めていた大気中のメタンガスが減少したことによると考えられている。つまりメタンによる大きな温室効果を失った地球は、大氷河期を迎えたというシナリオである。それゆえ全球凍結は、(光合成)生物による史上初・最大の環境汚染ということもできる。
第6事件 (2.5億年前)
「約1000万年間、海洋が酸素欠乏状態になり、生物の大量絶滅が起こった。」
このPT境界(2.5億年前)での生物大絶滅(地球上の生物の99%以上が絶滅したと言われている)は、海洋中の酸素濃度が急激に減少したためであることが地質学的な証拠から裏付けられている8)。恐らく巨大な隕石の地球衝突によって地球的規模の大火災が生じたのではないかと考えられている。
このように見てくると、現在の地球環境形成に果たしてきた光合成生物の役割は計り知れないほど大きいことが理解できると思う。そして最後に起こったのは、第7事件
(現在)「人類が科学を始め、地球・宇宙の歴史とその摂理を探り始めた」であり、全地球的問題群(二酸化炭素増大による地球温暖化、人口爆発、エルニーニョなどの環境激変)は果たしてこれから先、どのような解決の糸口を探していくのであろうか。原始地球誕生以来の地球歴史を概観したとき、「生命と地球」という大きなテーマが今再び我々人類の目前に突きつけられている時代であるように思われる。
「二酸化炭素放出の話題」
2007年6月28日号のNature誌に主要国の放出する二酸化炭素量についての記事が掲載されていた14)。中国、アメリカ合衆国、EU諸国、インドにおける1990年と2006年の排出量を比較しているのだが、とうとう中国の排出する二酸化炭素量がアメリカ合衆国を抜き、世界第一位となったとの報告である。ここ数年の中国の近代化には目を見張るものがあるが、地球温暖化対策に乗り遅れている中国政府が世界から非難されている。北京市内をはじめとする大都市・工業都市の環境汚染はひどく、特に大気汚染は(貿易風の)風下にある韓国、日本にも無関係ではあり得ない状況になりつつある。昨年(2008年)の夏に開催された北京オリンピックでは、参加選手がマスクをして飛行機を降りてきた姿がテレビのニュースで流れたり、ある有力陸上選手(確かマラソンランナー)が棄権したとの報道もあったりした。ある雑誌記事(CNNのニュース記事)で読んだが、中国政府は世界の非難が集中していることに対し、先進諸国が中国の安い労働力と資源を求めて、工場を作ったのが原因であり、一方的に中国政府が非難される筋合いはないとの反論をしているそうである。今後、二酸化炭素の排出権を巡り、さまざまな議論が噴出してくることは間違いない。また最近の日本での新聞報道では、京都議定書で提案されている二酸化炭素排出量を削減するために、企業間で二酸化炭素約1トンを1200円でやりとりするという試算がされているとも。2007年のノーベル平和賞も、アメリカ合衆国のゴア元副大統領が「地球温暖化」に対する啓発運動を行ったということで受賞している。今後、「環境」という言葉が大きくクローズアップされる時代となるのであろう。
(補足1)
「永久凍土」
ツンドラ地帯の森林地帯(タイガ)は、世界の全森林面積および総森林蓄積量の2割を占めている。年間の降水量が少ないのにも関わらず木々が生い茂っているのは、タイガの地下数百メートルを覆う永久凍土の働きによる。ちょうど地上の森林が断熱材の役割を果たし、夏場に僅かに溶け出す水分を吸収して生長している。森林伐採や自然火災等で永久凍土が失われると二度と森林は回復することなく、その一帯は砂漠化してしまう危険性をはらんでいる3)。
(補足2)
「インドネシア地域における泥炭火災」
インドネシアで森林火災が多発し、大地に堆積していた泥炭が広範囲に燃えているという記事を目にした(朝日新聞2007年10月7日)。実はこれが最初ではないが、この2−3年くらい、新聞・マスコミ報道等で目につくようになったので紹介しておきたい。泥炭とは樹木やコケなど植物の残骸が、湿地や凍土に覆われて腐食せずに炭化し、数千年以上かけて積み重なってできた層である。日本では尾瀬やサロベツなどに広がっている。世界の陸地面積の約3%を占め、化石燃料を使うことで排出される二酸化炭素量の70年分に匹敵する量の炭素を地中に封じ込めているとされる。インドネシアで森林火災は、湿地帯の泥炭が開発の名の下に作られた水路によって水分が流出・乾燥化し、焼き畑などのために泥炭に火が燃え移ったことが原因である。この火災で放出される二酸化炭素量は日本での総排出量を上回り、地球温暖化にも影響を与えかねないと警告されている。本年(2007年)12月にインドネシア・バリ島で開かれる国連の気候変動枠組み条約第13回締約国会議(COP13)では、「ポスト京都」の温暖化対策の枠組み論議とともに、重要な議題となるとのことである。
(補足3)
「生命誕生には果たして水が必要条件なのか?」
2005年の夏、Natureに興味深い記事(読み物)が掲載された15)。”Seeking the solution” (日本語に訳すなら「解決の糸口を探す」か)というタイトルで、要するにNASAは地球外生命を探すための探査機を打ち上げているが、果たして生命の痕跡(あるいは存在)を探し出す手法としての“水”の存在は本当に必須であるのか?、という疑問である。現代の生命科学は、生命活動にとって“水”が必須であることを明かしている。しかし地球上の生命は、単に水環境の中で誕生した結果として、水溶媒中の反応系として最大適応したに過ぎない。有機物が反応し、水素結合・疎水結合が可能であるなら、水以外の溶媒を利用する反応系構築は可能である。例えばアンモニアは1気圧下、-78から-33度で液体であり、木星のような液体アンモニアからなる惑星にも、地球生命とは全く異なる生命反応を示す生命体が誕生しても不思議ではない、ということらしい。宇宙生物学は将来、大発展する学問かも知れない。今から研究を始めておくならば、その道の大家になれるかも?
(補足4)
光合成生物による生命活動(酸素発生を行う光合成生物・シアノバクテリアの出現)は、広大な時間的・空間的スケールで考えてみたときに、古代から現代までの地球環境形成に深く関わってきたことを理解すべきである。学生のみなさんは、大学に入ってから様々な領域分野の学習をされてきたと思うが、(現在は2年生であるが)これから3年生、4年生になり、そして大半の方は大学院へ進学していくとき、逆に学ぶべき領域が徐々に狭くなっていく。ここで教養云々と説教するつもりはないが、研究に携わっている立場から言えることは、自身の研究の幅を拡げ、豊かな発想を育てていくためにも、敢えて周辺領域の学問分野も積極的に学んでいく必要性があると思っている。いわゆる出口のない蛸壺(タコつぼ)的な勉学姿勢ほど危険なものはない。そのような意味も兼ね、「光合成のイントロダクション」としては少しばかり悠長な話になった感もあるが、私自身が今まで興味に任せて学んできた事柄(地球科学・古生物学からの視点)の一端を紹介した。「光合成」という学問の周辺領域の広さを感じ取って欲しい。これ以降は、徐々に細胞レベル〜分子レベルへの話題にシフトしていくことにする。
参考図書:「光合成の科学」(東京大学出版会)
読み物:「植物が地球をかえた!」(化学同人)
4.「光合成器官」
(1)葉緑体の構造
まず葉緑体の形態学的な特徴について講義した。二重の包膜に囲まれた内部には、座布団が積み重なったような非常に発達したチラコイド膜構造が見られる。チラコイド膜が密に積み重なった領域をグラナ部分、ストロマに露出した部分をストロマ部分と呼ぶ。チラコイド膜には光反応により電気化学エネルギーを作り出すための一連の電子伝達鎖が存在し、光反応中心である光化学系IIやIおよびチトクロムb6f複合体、水溶性のプラストシアニン、脂溶性のキノンなどから構成されている。これらの機能については後日、詳しく講義する予定である。ストロマには炭素代謝など(炭酸固定等)に必要な酵素系が存在するが、このテーマは後半担当の長谷先生が講義されることになっている。
これまでチラコイド膜は袋状の膜構造体が積み重なったものと思われていたが、電子顕微鏡の技術の発達とともに実は単一の(あるいは少数の)膜構造体が複雑に折りたたまれたものであることが分かってきた16),17)。2007年の夏、グラスゴー(スコットランド)で開催された国際光合成会議に参加し、授業の参考になりそうだと思って、チラコイド膜の構造・色素蛋白質のorganizationに関するセッションを聞いてきた。Electron
Tomography(電子顕微鏡の断層写真・撮影)を駆使した解析で、各断層写真では、1枚のストロマ・チラコイド膜から2-3枚のグラナ・チラコイドに分岐している様子がきれいに観察されていた。また空間的に分離していると思われていたグラナ・チラコイド膜が、局所的に融合している箇所も観察されている。さらに三次元の構造を再構築していたところ、ほぼ単一の膜が折りたたまれて出来上がった構造体ではないかと推測しているのが興味深い結果であった。
(2)シアノバクテリア
独自のDNA(ゲノム)を持つ葉緑体は、太古の時代において、始原型真核好気性細菌に光合成細菌(シアノバクテリアや原核緑藻の類)が細胞内共生することにより誕生したと考えられている(共生説)。シアノバクテリアは光合成色素としてクロロフィルaとフィコビリンを持つが、原核緑藻はクロロフィルaとクロロフィルbを持つ。色素組成という観点からは原核緑藻の方がより陸上植物に近いと考えられているが異論もある(これらの進化的系統関係については、後に講義予定である.)。シアノバクテリアのゲノム解析は、日本のKAZUSA(かずさ)DNA研究所が強力に推し進めているおり、世界の光合成研究への貢献度が高く評価されている。今までに、Synechocystis sp. PCC 6803(1996年終了)をはじめ、Anabaena sp. PCC 7120(2001年終了)、Thermosynechococcus elongatus BP-1(2002年終了)、Gloeobacter violaceus PCC 7421(2003年終了)が報告されている18)。なかでもアナベナ(Anabaena sp. PCC 7120)は糸状性のシアノバクテリアであり、窒素欠乏条件下ではヘテロシスト(異質細胞)と呼ばれる特殊な細胞へと分化する。通常の細胞は栄養細胞(vegetative
cell)と呼ばれ、光合成的に生育する。しかしながら一旦、ヘテロシスト化すると、その過程は不可逆であり、光化学系IIをはじめ光合成装置のほとんどが消失する。代わってニトロゲナーゼという酵素を細胞内に発現するようになり、窒素固定(分子状窒素をアンモニアに還元する同化代謝)を行うことのできる特殊な細胞へと変化する。また細胞内ではわずかの光化学系Iとチトクロムb6f複合体が残っており、循環的電子伝達系が機能することで膜電位(プロトンH+の濃度勾配)が形成され、ATPエネルギーが作られる。しかし光合成色素系の含量は極端に減少しているために、細胞の色は緑色ではなく褐色へと変わってしまう。このヘテロシスト化は約半日かけて変化していく過程であり、高等動植物細胞の分化を考える上でのモデルとしても研究されている。多数の一連の遺伝子群が時計仕掛けのごとく発現調節を受けていることが判明している。
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第10回(12月16日予定) |
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4.「光合成器官」
(3)細胞内共生
現在の植物細胞内のオルガネラ(細胞小器官)である葉緑体は、過去にシアノバクテリアのような酸素を発生する原核光合成生物が共生することによってできあがったと考えられている。このいわゆる細胞内共生説は、形態学的および系統学的証拠から今では確かなこととして認識されている。おそらく共生初期には食べ物として捕食されていた微生物が互いにメリットを見出して、共生関係を結ぶようになったものと推測されている。
一次共生のみならず二次共生(あるいはそれ以上)により多様な植物界(特に藻類)が誕生したことを、強調しておかねばならない。共生そのものの痕跡は、葉緑体の包膜構造やゲノム情報に見いだすことができる19)。なぜ葉緑体包膜に2重膜をもつ緑色植物、灰色植物、紅藻植物、3,4重膜をもつユーグレナ植物、不等毛植物(黄色植物)、クリプト植物等がいるかについて理解を深めておく必要がある。
クリプト植物(クリプト藻)は二次共生藻類であるが、ヌクレオモルフと呼ばれる構造体を有する。これは一次共生生物である紅藻類に近縁の真核光合成生物が他の真核細胞(原生動物等)に二次的に共生し、核が退化した痕跡であると考えられている。しかし一次共生時の核の遺伝情報の一部は失っていないようで、3本の染色体からなり、それらのDNA配列は解読されている20)。
つい最近、共生の初期段階の姿をとどめていると推測される生物の発見があった21)。鞭毛虫の一種で「ハテナ」と名付けられたこの生き物は、和歌山県や福岡県の砂浜で見つかった。自分の体より10分の1ほど小さな緑藻を捕食するが、自身の細胞内で消化することはない。取り込まれた緑藻は鞭毛虫の細胞全体に広がるように大きく成長し、緑藻がもともと持っていた眼点(ピレノイドと呼ばれる赤い粒子)も複数個に増え、鞭毛虫は走光性phototaxisを示すようになる。さらにこの葉緑体もどきに分化した緑藻を取り囲む膜は、共生の結果と考えられるような4重膜となっている。しかしながら細胞分裂後には、緑藻を保持したままの細胞と、もとの無色の細胞とに分裂し、細胞分裂そのものは同調することはない。もとの無色の細胞は捕食器官が再生されており、次の世代にはまた新たに緑藻を捕食すると考えられている。この鞭毛虫は今のところ実験室内での培養に成功しておらず、その詳しい生態は不明である。少なくとも一旦は共存関係を結んだ鞭毛虫と緑藻の間では、何らかの情報交換が行われているらしい。共生関係が成立していく過渡期にどのようなことが起こったのかを研究していく上で、非常によいモデルとなることが期待されている。また紅藻類の一種であるシゾンは、葉緑体を1個しか持たない。この植物は1978年、イタリアの温泉(pH
1.5、水温45度)で発見された直径約1.5ミクロンの大きさで、今まで見つかった中では極小の単細胞紅藻類である。2004年、全ゲノム(核、ミトコンドリア、葉緑体のゲノム)配列も報告された22)。細胞分裂と葉緑体分裂は同調しているはずで、互いの情報がどのようにやり取りされているのか興味がわく。共生関係の成立したごく初期の形質をもっていると推測され、真核光合成生物の起源を探る手がかりになるのではないかと研究されている。
分子生物学的解析(16SrRNA)からは葉緑体の単系統説が提唱されているが、光合成色素の観点からは単系統説なのか多系統説なのか、今でも相対立する議論がある。クロロフィルb(Chlb)合成遺伝子からの解析から従来の説と異なる単系統説を次に紹介する。
(閑話休題)共生時に外膜はどうなったのか?
葉緑体はシアノバクテリアが無色真核生物(ミトコンドリアをもつ)に捕食され、細胞内共生によって成立したと考えられている。葉緑体の二重胞膜はその名残であり、内部共生体であるシアノバクテリアがもともと持っていた細胞膜と外膜に相当する。以前、この二重包膜の外膜は宿主の食胞膜に由来するという説もあったが、今日では膜成分の比較およびゲノム解析から両方の膜が内部共生体(シアノバクテリア)に由来していると考える方が妥当である(古い教科書等では、後者の説を支持する記載があるが間違っている)。
参考のために:グラム陰性細菌の外膜は脂質二重層(lipid bilayer)からなるが、細胞膜を構成する脂質二重層とは異なり、リポ多糖をもち、低分子量化合物は自由に通り抜けられるような構造をもつ。特にリポ多糖を構成するリピドAは内毒素の原因となり(異種生物にとっては毒となる)、宿主細胞から内因性発熱物質(タンパク質の一種)が放出され、それが脳の体温調節中枢に影響を与えるために発熱症状が出る。また下痢症状も一般に誘発する。この内毒素については大腸菌や赤痢、サルモネラ菌などで研究されている。共生関係の成立においては、リポ多糖やリポタンパクが失われたと考えられている。
(補足)
「多様な色素体(プラスチド)」
色素体(プラスチドplastid)とは、植物細胞に固有の細胞小器官(オルガネラorganelle)である。光合成を行う葉緑体(chloroplast)、分裂組織の細胞に含まれる未分化なプロプラスチド(原色素体proplastid)、デンプンを多量に含むアミロプラスト(amyloplast)、カロテノイドを多く含む有色体(クロモプラストchromoplast)、チラコイドがほとんどない無色の白色体(ロイコプラストleucoplast)、暗所で生育した黄化植物のエチオプラスト(etioplast)、タンパク質の顆粒を含むプロテイノプラスト(proteinoplast)などがある。これらは色素体というオルガネラの分化形態で、高等植物では、分裂組織の細胞の原色素体は細胞分化に伴って、各色素体に分化していく。
原色素体:茎頂や根端の分裂組織に存在する小型で未分化な色素体。その形状は長楕円形、球形、アメーバ状など多様である。発達したチラコイド膜系はない。
エチオプラスト:暗黒下で生育させた被子植物の光合成組織(黄化組織)の細胞に存在する。葉緑体への発達が途中で停止した色素体である。被子植物は暗黒下ではクロロフィルを合成することができず(クロロフィル合成経路で説明する予定)、葉緑体へと分化することはない。
アミロプラスト:大量のデンプンを蓄積・貯蔵するように分化した色素体。その内部はほとんどはデンプン顆粒で占められており、内膜構造はきわめて貧弱である。おもに子葉、胚乳、塊茎などの貯蔵器官の細胞中に含まれ、光合成の余剰産物をデンプンの形で貯蔵しておき、必要なときにそれらを可溶性の糖に分解して供給する。
有色体:さまざまな賞物の果実、花弁、根などの細胞に存在し、大量のカロテノイドを合成・蓄積して黄色、橙色、赤色を呈する。クロロフィルは含まず、光合成機能ももたない。有色体は、花や果実に色彩を与えることによって動物を誘引し、授粉や種子散布に貢献していると考えられている。
5.「光合成色素」
(1)クロロフィルbからみた植物界の多様性と進化19)
16SrRNAの解析からは葉緑体の起源は単系統説との考えが有力である。しかしながら近年、クロロフィルb(Chlb)をもつ原核緑藻(1970年代半ばに相継いで発見されたシアノバクテリアと同様の光合成器官をもつ原核光合成生物.
フィコビリンをもたず、Chlbをもつのが特徴である.Prochloron didemniは海産ホヤの共生藻として1975年に発見された.また1986年にはProchlorothrix
hollandicaが淡水湖沼から、1988年にはProchlorococcus marinusが熱帯・亜熱帯域海洋から発見されている.)が発見され、その進化的・系統学的位置に疑問を投げかけている。授業では、このChlb色素がなぜ多様な植物界に点在しているかを従来の単系統説、多系統説に基づいて説明した。詳細については、すぐれた総説19)があるので、それを参照して欲しい。近年、単細胞緑藻であるクラミドモナスを用いた分子遺伝学的解析により、Chlb合成酵素(CAO: chlorophyll
a oxygenase)遺伝子がクローニングされた(ChlaとChlbの構造的違いは、2番目のリングの7位がメチル基であるかフォルミル基であるかという点である。CAOはいわゆるモノ・オキシゲナーゼであり、メチル基からフォルミル基への変換は、酸素が付加する多段階反応として理解されている)。さらにCAOの遺伝子は原核緑藻をはじめChlbをもつ植物に1コピー存在する遺伝子であり、互いにホモロジーがあるために系統的には原核緑藻から進化してきたものと判断せざるを得なくなった。それゆえかなり斬新的な説ではあるが、「色素(フィコビリンやクロロフィルb)を失うことによって多様な植物世界が誕生してきた」という単系統説の新モデルが提唱された(配付資料参照)。果たして新モデルが植物界の多様性を説明しきれるものなのかどうか、考えてみるのも面白い。
(補足)
「生命の環Ring of Life」とは
近年のゲノム解析は生物界の進化的系統関係に新たな知見をもたらしていることにも言及した。遺伝子の水平移動という考え方はすでに定着し、種や属を飛び越えて、遺伝子(オペロンを形成する遺伝子群も含む)が移動している(系統学的に異なるグループの生物ゲノム中に取り込まれている)ことが明らかとなっている。最近では「生命の環
Ring of Life」23)という概念も提出され、これは生命のごく初期は非常に渾然一体となった生物界(Ring of Life)が存在し、現在の真核生物eukaryotesは真性細菌eubacteria系統と古細菌archaebacteria系統が融合(ゲノム融合)して生じたとする考え方である。実際、真核生物の遺伝子の中で古細菌界的特徴をもつのは、ほとんどが複製、転写、翻訳にかかわるものであり、真性細菌界的特徴をもつのは大部分が代謝とその他の細胞維持機能に関係する遺伝子である。前者は「情報」を、後者は「運用」を担っているといえる。生物の生物の進化の道筋は、16SrRNAに基づく系統樹作成(系統解析)だけでは説明できないことを理解して欲しい。
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第11回(12月23日予定) |
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5.「光合成色素」
(2)多様なクロロフィル色素の構造・生合成経路24)
まず最初にクロロフィル色素とポルフィリン(ヘム)との構造上の類似点・相違点を比較し、一見複雑に見える色素合成経路も大きく3つの段階に分けて考えることができることを概説した。つまり1つめの段階はプロトポルフィリンIXまでの合成であり、両者の経路で共通なのが特徴である。その後2つめの段階では、クロロフィル合成経路では金属原子Mgが挿入され(Mg-プロトポルフィリンIX)、第5番目のリング(V)の形成とC8位のビニル基の還元(エチル基の形成)が起こる(プロトクロロフィリドa)。しかしここで金属原子としてFeが挿入されると、ヘム合成経路へと繋がっていく。シアノバクテリアのアンテナ色素であるフィコビリン(PB)合成においては、ヘムのC5位がオキシゲナーゼ反応により開環し、直鎖状のテトラピロール色素へと変換されていく重要な反応過程である(これについては次回、再度講義する予定である)。最後に3つめの段階では、4番目のリング(IV)が還元され(クロロフィリドa)、多様なクロロフィル色素が合成されていくことになる。
1番目の段階に関する反応経路は主に大腸菌を使った研究で進展し、2番目の段階に関しては主に光合成細菌(紅色細菌)による研究で大きく進展した。特に紅色細菌を材料にした研究で進展した理由は反応経路に関与する酵素群が一群のオペロン(遺伝子クラスター)を形成していることに起因する。つまりある特定遺伝子をクローニングすることにより芋蔓式に他の関連遺伝子のクローニングが可能となり、遺伝子破壊株作成による各遺伝子の機能同定がなされたからである。3番目の段階は多様なクロロフィル(Chlc、dやBChc、d、eなど)合成に関連する反応経路であり、現在もなお不明な点が多い。ここでバクテリオクロロフィルの2番目のリング(II)の還元は、4番目のリング(IV)が還元された後に(つまりクロロフィルの骨格が出来上がった後に)起こる出来事である。すなわち合成経路の上では、バクテリオクロロフィルはクロロフィルの後に合成されることになり、このことは合成経路が如何に出来上がったのか進化的にも興味深い。講義では補足用プリントを配布し、それぞれの段階ではたらく重要な反応について解説した。
ここでビタミンB12の合成経路もクロロフィル、ヘム合成経路と途中まで共通であり、ウロポルフィビリノーゲンIIIから分岐していることを心に留めておいて欲しい。環状テトラピロール類の合成経路を体系的に理解しておくことが望ましい。さらにこれら環状テトラピロール類の合成経路では、5-アミノレブリン酸(通称ALA)が共通の前駆体となっている。この共通前駆体を合成する経路には2種類存在する。ミトコンドリアではスクシニル-CoA(この炭素化合物はクエン酸回路の中間体であることに注意)とグリシンからALAが合成され、C4経路と呼ばれる。一方葉緑体ではグルタミン酸からグルタミルtRNA、グルタミン酸1セミアルデヒドを通ってALAが合成され、C5経路と呼ばれている。tRNAはタンパク質合成に必要なアミノ酸運搬体として通常機能する。1980年代初めに、グルタミルtRNAがクロリン環合成の前駆体合成に使われていることが判明し、それまでの常識(既成概念)を覆す大発見であった。また植物ミトコンドリアのヘムは葉緑体で合成されてからミトコンドリアに移送されることが分かっている。葉緑体クロロフィル合成経路で機能する酵素遺伝子はほとんどが核ゲノムにコードされている。
第5番目のリング(イソサイクル環、Eリングとも言う)の形成にあたり、131位に酸素が付加されねばならない。この131-オキソ基(131-oxo group)の酸素原子は酸素同位体18O(18O2あるいはH218O)を使用したin vitroの実験から、分子状酸素と水由来の酸素の両経路が存在することが示唆されていた。紅色細菌の分子遺伝学的解析から、嫌気条件下(酸素非存在下)において水分子由来の酸素を付加する反応を触媒するのがbchE遺伝子であることは分かっていたが、最近、酸素のある条件下ではacsF遺伝子が分子状酸素由来の酸素を付加する反応を触媒することが明らかとなった(紅色細菌は、酸素存在下、酸素非存在下のどちらでも生育可能である)。しかし緑藻や高等植物には酸素存在下ではたらくacsF遺伝子(chl27遺伝子)しか存在しない。また第4番目のリング(Dリング)の還元(二重結合に水素2原子が付加し、単結合となる.)には、光を直接必要とする光依存型プロトクロロフィリド還元酵素(POR)と光非依存型プロトクロロフィリド還元酵素(BchBLN)が関与する。光合成細菌(紅色細菌や緑色細菌)では光非依存型、シアノバクテリアやコケ・シダ・裸子植物は両方の酵素、被子植物では光依存型が用いられている。日陰で育つコケを見たことがあると思うが、それらは緑に色づいていることに気付くであろう。逆に、もやしを誰でも一度は見たことがあると思うが、暗所で生育させた被子植物の芽生えはクロロフィルが合成されず、黄化葉・黄化組織となることは容易に理解できるであろう。なぜ、プロトクロロフィリド還元酵素に光非依存型と光非依存型があるのかは不明である。
(補足1)
「フィコビリン色素の合成経路」
フィコビリン(Phycobilin: PB)色素は開環テトラピロール構造をもつ色素の総称で、シアノバクテリアや紅藻類、灰色藻がもつ補助色素である。クロロフィル色素が吸収できない450-620nmあたりの波長の光を吸収できる。プロトヘム(Protoporphyrin
IXにFeが挿入)の5位がヘムオキシゲナーゼにより開裂することにより合成される。開環テトラピロール構造上の異なる位置の二十結合が還元されることにより、さまざまなフィコビリン色素へと変換される。またフィコビリンはタンパク中のシステイン残基と共有結合(チオエーテル結合)しているのが特徴である。
(補足2)
「紅葉は何の色?」
秋になると落葉樹は紅葉の季節を迎える。この赤色はアントシアニン色素に由来し、グルコースを結合するポリフェノールの一種である。カエデやツタの葉が紅葉するには昼と夜の気温の寒暖差が必要である。その理由は夜の気温が下がらないと呼吸によってグルコースが消費されてしまうため、紅葉に充分な量のアントシアニンが合成されないためである。アントシアニンは活性酸素を除去する機能を持つ。それゆえアントシアニンの生理学的機能としては、秋にクロロフィルが分解されて少なくなると活性酸素が生じやすくなるため、植物葉を日焼けから守るためであると推測されている。一方、イチョウやポプラの葉は紅葉せず、きれいな黄色に色づく。これらの落葉樹はアントシアニンは合成されず、カロテノイドの色を反映している。これはクロロフィルよりもカロテノイドの分解速度が遅いことに起因する。ちなみにミカンの実も初夏の頃はクロロフィルの緑色をしているが、初秋のころには黄橙色(いわゆるオレンジ色)に色づく。これも含まれるカロテノイドの色を反映したものである。
(補足3)
「クロロフィルの分解経路」
クロロフィルの分解経路についても言及しておくべきだろう。クロロフィルbはCAO遺伝子産物によりクロロフィルaの7位のメチル基がホルミル基に変換されることにより合成されることはすでに説明した。葉に含まれるクロロフィルa/b比は、光強度・波長により変化するが、実はクロロフィルbからクロロフィルaの合成は、クロロフィルb還元酵素が触媒する反応である。このようなChla -> Chlb -> Chlaという経路はクロロフィルサイクルと呼ばれている。植物葉の老化(senescence)時には、クロロフィルa分子が分解され、再利用される経路が存在している25)。この際、クロロフィルbはクロロフィルb還元酵素により一旦、クロロフィルa分子に変換され、その後、分解されることが分かっている。この分解経路においては、まず側鎖であるフィトールが切断され(chlorophyllide a)、金属原子であるMgの遊離後(pheophorbide a)、oxygenase反応によりC5位が開裂する(red chlorophyll catabolite: RCC)。RCCがさらに還元されると青色蛍光を発するfluorescent
chlorophyll catabolite(FCC)となり、それ以降の分解経路では蛍光を出さない分解物へと転換される。この植物葉の老化(senescence)に伴うクロロフィル分子の分解・再利用は、植物にとって非常に重要な代謝経路であり(特に窒素原子のリサイクル:土壌中の窒素分は不足しがちである)、今なお未開拓の研究分野でもある26)。
(補足4)
「クロロフィルdをもつ光合成生物の発見」
Chl dは1943年、紅藻から単離同定された光合成色素であったが、その含有量が極めて低く、Chl aの分解産物(分解による誘導体)ではないかと長く思われていた。ところが1996年、パラオ海域の海洋性藻類の調査において、ホヤに共生する新種のシアノバクテリア(Acaryochlorismarina:アカリオクロリス)が発見され、Chl dを光合成系の主要色素としてもつことが分かった。さらに2004年、紅藻に付着した褐色のシミのような模様を顕微分光により解析することにより、Chl dをもつシアノバクテリアが着生したものであることが判明、報告された。残念ながら、この着生シアノバクテリアの純粋培養は未だに成功していない。しかしこのような発見から、長年議論されてきたChl dの由来が非生物学的であるとの説は否定された。
(補足5)
「Zn-バクテリオクロロフィルをもつ光合成細菌」
教科書ではクロロフィルといえば中心金属としてマグネシウム(Mg)をもつと記載されており、これが世の中の常識である。しかし1996年、日本の東北地方にある鉱山からの酸性(pH3)排水中から単離された紅色光合成細菌(Acidiphilium rubrum)はMg-BChl aではなく亜鉛(Zn)-BChl aをもっていることが報告された。発見者のN. Wakaoさん(岩手大学)は25-30年前にこの光合成細菌を発見し、吸収スペクトルから通常のMg-BChlaをもつ光合成細菌であると考えておられた。ペーパークロマトグラフィーで色素解析も行っていたが、どういう訳か移動度(展開位置:Rf)が報告値とずれることは気づいていたらしい。しかし自分は色素分析の専門家でもないので、単に分析技術が未熟であるに過ぎないと思われていたとのことである。しかしどうも納得のいかないので、ようやくHPLCの分析技術が普及してきた1990年代に入り、専門家に分析を依頼したところ、中心金属がMgではなくZnであることが判明した。実はこのZn-BChl/Chlは、ずっと以前から人工光合成分野の化学者には使用されてきた。その理由はMg色素よりもZn色素の方が化学的に安定で扱いやすいからであり、例えば反応中心タンパクの色素入換え実験において頻繁に利用されてきたという経緯があるのも面白い。
(補足6)
DPOR (dark-operated protochlorophyllide oxidoreductase)と相同性のある酵素27)
第4番目のリング(Dリング)の還元(二重結合に水素2原子が付加し、単結合となる.)には、光を直接必要とする光依存型プロトクロロフィリド還元酵素(POR)と光非依存型プロトクロロフィリド還元酵素(DPORBchBLN)が関与する。DPORは3種類のタンパク質からなる複合体であり、L2(Lの2量体)が電子供与体、(BN)2(B, Nからなる4量体)が基質結合部位をもつ活性中心として機能する。DPORはPchlide(プロトクロロフィリド)をChlide(クロロフィリド)に還元し、これでクロロフィル合成が完結することになる。しかし光合成細菌(紅色細菌や緑色細菌)はChlideをさらに還元することによりBchlideを合成する必要がある。ここで働く酵素がCOR(chlide oxidoreductase)であり、3種類のタンパク質からなる複合体(X2(Xの2量体)と(YZ)2(Y, Bからなる4量体))でる。興味深いことに、これら3種類のタンパク質はそれぞれ、DPORのL, B, Nと相同性(15-30%)があり、さらには窒素固定系で機能するニトロゲナーゼのサブユニット(H, D, K)とも相同性を示す。したがって、これらの酵素郡はもともとは同一起源であり、色素合成系で働くDPORやCORはニトロゲナーゼの各サブニットから進化してきたものと推測されている。このあたりの研究はまだまだ進展しているホットな領域です27)。
(3)補助色素としてのカロテノイド:生合成と機能28)
カロテノイドは光合成系では補助色素として働き、クロロフィルaやbのみでは吸収しきれない光(おもに400-500 nm)を吸収することにより光エネルギーの変換効率を上げることに役立っている。カロテノイドの機能としては1)集光性色素(光エネルギー捕集系色素)としての補助的な役割のほか、2)過剰な光エネルギーの散逸、3)酸素(O2)ラジカル等に対する防御(反応性に富む酸素ラジカルの除去)、が挙げられる。カロテノイドの生合成経路および光障害からの防御機構については次回の講義で詳しく説明するが、ここではまず、カロテノイドが大きな吸光係数をもつ理由を理解しておくことが肝要である。カロテノイドの化学構造を見ると明らかなように、共役二重結合系を持っていることが特徴である。講義では、合成経路の初期において未完成であった共役二重結合系が不飽和化反応により完成されていくと、徐々に色づいていくことを大腸菌でのモデル実験結果を用いて示した。
カロテノイドの生合成経路における前駆体はC20(炭素数20)のゲラニルゲラニル2リン酸であり、これはクロロフィル分子のフィトール側鎖の前駆体でもある。このゲラニルゲラニル2リン酸2分子からC40のフィトエンが合成され、カロテノイド骨格が出来上がる。この際、head-to-head結合により2分子の2リン酸が除去されるのが特徴である。その後、一連の脱水素反応(不飽和化反応)と環化反応により様々なカロテノイド中間体が合成されていく。つまり植物では、フィトエン不飽和化酵素によりフィトフルエン(1回目の脱水素反応)、ゼーター・カロテン(2回目の脱水素反応)が生じ、次にゼーター・カロテン不飽和化酵素によりニューロスポレン(1回目の脱水素反応)、リコペン(2回目の脱水素反応)が生じる。また細菌ではこの一連の不飽和化反応は、CrtIと呼ばれるフィトエン不飽和化酵素のみで完結することが分かっている。リコペンはβおよびεシクラーゼによる環化反応により、βカロテン、αカロテンとなる。 カロテノイドが大きな吸光係数をもつ理由はフィトエンの段階では未完成であった共役二重結合系が不飽和化反応により完成されるためであり、フィトエンから順番に不飽和化が進んでいくと徐々に可視部(紫から青色)を吸収するようになるためにオレンジ色に色づいていく。β-カロテンからヒドロキシラーゼ(水酸化酵素)により合成されたゼアキサンチンは、エポキシダーゼによりアントラキサンチン、ビオラキサンチンへと変換される。強光下では過度に吸収した光エネルギーを熱的に放散するために、ビオラキサンチンの脱エポキシ化反応が生じ、アントラキサンチン、ゼアキサンチンへと変換される。そしてこの過程で最終的に2分子の水が放出される。このゼアキサンチンによる過剰な光エネルギーの熱的散逸は、ゼアキサンチンのS1励起状態がクロロフィルのS1励起状態よりも低いため(ビオラキサンチン、アントラキサンチンはゼアキサンチンよりも高いS1励起状態をもつ)、励起エネルギーがゼアキサンチンに効率よく流れていくことにより説明されている。ここでのサイクルはキサントフィル・サイクルと呼ばれ、強光照射による損傷から植物葉を保護する役目がある。またこのサイクルにおいて、ビオラキサンチンへの変換には補助因子としてNADPHを必要とし、ゼアキサンチンへの変換にはアスコルビン酸を必要とする。さらに強光照射時にはチラコイド膜内(ルーメン側)のpHが酸性になることにより、de-epoxidaseは活性化されると考えられている(光合成電子伝達活性が高まれば、プロトンはストロマ側からルーメン側に流れ込み、結果的に酸性化が引き起こされることは容易に理解できるであろう)。
理解を深めるために29),30)
テルペノイド(イソプレノイド)はC5イソプレン単位を基本にして重合した化合物(アルキル鎖)の総称である。この合成経路は植物の二次代謝の一つとして説明される。歴史的には二次代謝は限られた生物のみに存在するか、あるいは特徴ある化合物を合成する経路として一次代謝(生物に共通した代謝経路:解糖系やTCA回路、カルビン回路など)と区別されてきたが、近年ではそれらの区別はあいまいである。モルヒネはある種のケシ科植物にのみ存在するアルカロイドの一種であるが、植物ホルモンであるジベルリンのように広く植物界に分布し生理学的に重要な働きをしているものもある。その他、植物の二次代謝産物には、テルペノイド、フラボノイドなどもある。古来より日常生活に欠かせない医薬品、香料、染料、塗料として使われてきた。植物テルペノイド(揮発性精油成分、ハッカやユーカリの香り成分;植物ホルモン・アブシジン酸、昆虫の誘因・忌避物質としてはたらく)はC5イソプレン単位を基本にした経路で合成され、C10(モノテルペン)、C15(セスキテルペン)、C20(ジテルペン)、C30(トリテルペン)と命名されている。テルペノイドの語源はマツ属植物から得られるテルピンチン油に由来する。これらC5イソプレン単位を基本にした重合反応には、head-to-tailあるいはhead-to-head、head-to-middleの3種類の形式がある。ゲラニルゲラニル2リン酸(C20)はC5イソプレン単位(イソペンテニル2リン酸)4分子が順番にhead-to-tail形式で重合して合成されたものであるが、カロテノイド骨格のフィトエン(C40)は2分子のゲラニルゲラニル2リン酸(C20)がhead-to-headで重合した産物である。C5イソプレン単位(イソペンテニル2リン酸)の合成経路については1950-60年代から乳酸菌や酵母で詳細に研究されている。3分子のアセチルCoAが重合することによりメバロン酸が合成され、脱炭酸とリン酸化を経てIPPができる。この経路はメバロン酸経路とばれている。一方、1993年になってメバロン酸を経由しない非メバロン酸経路が大腸菌で発見された。ピルビン酸とグリセルアルデヒド3リン酸からデオキシキシルロース-5-リン酸ができ、メチルエリストール-4-リン酸を経由してIPPができる。両経路の細菌全体での分布状況には系統的な関連性を見いだすことはできない。植物においては、細胞質・ミトコンドリアでメバロン酸経路、葉緑体で非メバロン酸経路が機能している。ただ両経路は厳密には局在化していないようで、C5(IPP)は葉緑体から細胞質へ、C15(ファルネシル二リン酸、FPP)は細胞質から葉緑体へ移送されている。
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第12回(1月6日予定) |
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6.光化学反応とは何か?
さてここからは、光合成による光エネルギー変換の分子機構についての講義を行っていく。光合成は「光エネルギー」を「電気化学エネルギー」に変換する反応過程であり、その変換機構を理解するにはいくつかの重要な概念を正確に理解していく必要がある。つまり「エネルギー移動」、「光合成単位(光化学系)」、「酸化還元反応(電子移動)」、「非循環的および循環的電子移動」、「電気化学ポテンシャルの形成」である。まず光捕集器官として機能している色素タンパク質(集光性タンパク質またはアンテナタンパク質)について解説する。また分光光度計でよく使う吸光度の意味について、ランバート・ベールの法則に基づいても説明する。
(1)アンテナタンパク質
光合成色素は生体膜中に無造作に(デタラメに)存在している訳ではなく、必ずタンパク質と相互作用し、特定のアミノ酸残基と結合(水素結合、疎水結合、配位結合、共有結合など)している。光合成生物がもつこのような集光性タンパク質はアンテナタンパク質(アンテナの英語表記はantennaであり、テレビのアンテナと同じ綴りである.
アンテナタンパク質はantenna proteinと表記され、テレビのアンテナのごとく大きな傘を広げ、光をできるだけ多く取り込もうとする仕組みをこのように喩えている.)とも呼ばれ、巨大な光エネルギー捕集器官を構築することにより太陽からの光エネルギーを高効率に捕らえ、最終的に反応中心へと伝達することができる。まさしく漏斗(ロート)のように光エネルギーを反応中心へと流し込むような仕組みになっている(アンテナタンパク質は漏斗にも喩えられる)。このような考え方は”funnel
concept”と呼ばれている31)。またアンテナ構築系の原理は、配布資料No.151の図にあるような模式図で説明すると分かりやすい32)。(A)はアンテナ系の空間的な位置関係、(B)はアンテナ系内の方向性のあるエネルギーの流れ、(C)はエネルギーの流れる方向を決める色素間のエネルギー準位、を示す。この構築原理については、再度、自分で確認しておいて欲しい。近年のX線結晶構造解析は、光合成生物がもつ様々なアンテナタンパク質の詳細な立体構造を明らかにした。今日では個々の色素分子間の距離や配向をもとに、エネルギー移動を理論的に扱うことができるようになってきている。講義では、紅色細菌や緑色イオウ細菌、およびシアノバクテリア、高等植物のもつアンテナタンパク質の構造・機能について紹介した(以下に少し補足しておく)。配布資料をもう一度確認しながら、多様なアンテナ系に対する理解を深めてほしい。アンテナ系については、以下に挙げている参考文献32)で詳しく学習することができる。
LH2
1995年に報告されたRhodopseudomonas acidophilaのLH2は、ダイマー(2量体)を形成するαβサブユニットがリング上に9個並ぶという、非常にきれいなものであった。αβサブユニットあたり、3分子のバクテリオクロロフィルaと1分子のカロテノイドが結合する。詳細な立体構造が明らかとなったことにより、エネルギー移動のメカニズムの詳細について量子論を用いて理論的に解釈されるようになった。
植物葉緑体LHC-IIタンパク
系II複合体周辺のLHC-IIタンパクはαへリックスが膜を3回貫通する構造を持ち、3量体を形成する。モノマー1分子中には、7分子のクロロフィルaと5分子のクロロフィルb、2分子のカロテノイドが存在する。最近、モノマー中に存在する光合成色素の数は、環境(光強度や光の波長)によって変化するとの報告があり、この数は決して固定されたものではないらしい。
シアノバクテリアのフィコビリゾーム
αβサブユニットが円盤状の3量体を形成し、円筒形を形成するように積み重なっているのが特徴である。個々のαβサブユニット内には3分子の色素(フィコビリン色素:開環テトラピロールの総称)がシステインのSH基とチオエーテル結合(つまり共有結合)しているのが特徴である(αサブユニットに1分子、βサブユニットに2分子が結合)。*一般に(バクテリオ)クロロフィルやカロテノイド分子は配位結合(ヒスチジン残基のイミダゾールNと中心金属Mgの配位結合)のおよび疎水結合でタンパク質分子と結合する。
補足:クロロフィル分子が光を吸収する頻度
"funnel concept"の意味をもう少し深く考えてみたい。太陽光(400-700 nm)の強さは約1800μE/m2/sと見積もることができる。クロロフィル分子は約100Å2の断面積をもつことから、(詳しい計算方法についての説明はここでは省略するが)クロロフィル1分子あたり、1秒間に約10個のphotonを吸収することになる。しかしながら光化学反応における励起エネルギー移動は100フェムト秒〜1ピコ秒、初期電荷分離(初期電子移動)はナノ秒オーダーで進行する。したがって一見、0.1秒に1回、光を吸収するっクロロフィル分子の反応はすごく速い反応であるような気がするが、実は光化学反応の時間スケールからすれば無限の長さに相当する。できるだけ多くのクロロフィル分子がアンテナとしての役割を担い、吸収した光エネルギーを1箇所に集約させるという仕組みは、効率よく光化学反応を進めるために構築されていることが理解してもらえると思う。
(2)光の性質33),34)
光は電磁波であり、我々人間に見える光(可視光)はごく限られた波長領域(400-700nm)に過ぎない。光合成ではこの可視光のうち、おもに青色領域と赤色領域を利用する。それゆえクロロフィル色素(植物葉)は緑色に見える。この光の吸収度合いを波長に対してプロットしたのが吸収スペクトルである。吸光度と溶質濃度との間には、ランバート・ベールの法則が成り立つ。
光は波とともに粒子としての性質をもつ。基本事項である「Plankの法則(光子1個のもつ光エネルギーは光の振動数に比例し、波長に反比例する。)」、最重要事項である「光化学等量則(1個の光量子photonは1個のクロロフィル分子を励起する;ただしここでいうphotonとは1個の分子を励起するに足るエネルギーを持つという意味で使用していることに注意。)」についてしっかりと理解をしておくことが大切である。また光を吸収して励起状態となった色素分子(クロロフィルやカロテノイド分子)はさまざまな過程を経てエネルギーを失い、基底状態(S0)へもどる。励起状態には第1励起状態(S1)、第2励起状態(S2)等があるが、これは吸収される光子のエネルギーによって決まる。S2状態以上に励起された分子は内部転換によってきわめて短時間のうちにS1状態に移る。その後、S1状態からS0状態への遷移には二つあり、一つは蛍光放出をともなう過程であり、他は発光(蛍光)をともなわない無放射遷移によってエネルギーを失う過程である。この無放射遷移には色素分子間のエネルギー移動も含まれ、最終的に初期電荷分離にも関与している遷移過程である。また蛍光として放出されるエネルギーは、実際に色素分子が吸収したエネルギーよりも小さくなる。これは吸収した光エネルギー(S1状態の励起エネルギーに相当)の一部は複雑な色素分子がもつ様々な官能基の回転や振動エネルギーとして失われるためである。したがって色素分子の放出する蛍光は、吸収した光の波長よりも長波長側に若干シフトしたピークをもつ。
補足(1)
「虹は何色ですか?」
このように尋ねられたら、ほとんどの人は、「えっと、、、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤、の七色です」と答えると思う。私たちはこのことを常識と思っているが、実は国(地域)によって随分と異なっている。色のとらえ方は、文化によって大きく異なっている。日本では信号機の色は何色?と聞かれたときに、ほとんどの子どもたちは「赤・黄・青」と答えるはずであるが、実際の色は「赤・黄・緑」という時代があった(少なくとも私の子ども時代は「青」信号はなく「緑」信号であった)。これは厳密には「青」と「緑」を区別しない(曖昧にする)時代背景であったことを意味する。例えば「青々した葉っぱ」という言い方をするが、実際には「緑」であることからも理解できるかと思う。また「藍」と「青」を厳密に区別しないケースも見受けられる。だから虹色は5色?ともなりかねない。世界では、この色の表す言葉を2−3種類しか持たない民族もいる。単に明(赤)と暗(緑から黒)の2色、あるいは黄と白を含めて4色、という文化圏が存在している。そもそも現在、日本や西欧で七色とされる理由は、イギリスの科学者ニュートンが太陽光をプリズムで分解し、聖数七(音階など)にちなんで、それを七色に数えたというのが始まりのようである。
補足(2)
「ランバート・ベールの法則(Lambert-Beer’s law)35)」
入射光の強度をI0、透過光の強度をI、溶質の濃度をc、光路長をLとすると、
A = log10(I0/I) = εcL
が成り立つ。ここで、Aを吸光度(absorbance)、ε(イプシロン)をモル吸光係数と呼ぶ。吸光度は溶質の濃度に比例することに注意。この式の算出方法、および分光器の原理については、配布資料No.164をもとに理解を深めておくが望ましい。最近では分光器の価格を下げるために、より安価な回折格子が大量生産されているが、分光機器としての性能を重視するならばプリズムを使用する方が感度のよい測定が可能となる。
(3)光化学系の概念36)
「光化学等量則」の理解を前提に、光化学系の概念が如何に成立したかを概説した。葉緑体チラコイド膜には多くのクロロフィル分子が存在する。これらは300分子(〜400分子)が一つの光合成単位(実際には光化学系2と光化学系1である)を構成し、1個のphoton(光量子)で励起される単位であることをまず理解する必要がある(配布資料No.107を再度復習のこと)。酸素1分子を放出するのに8光量子分のエネルギーが必要であり、かつ2400分子のクロロフィルが関与する。このことから300分子のクロロフィル集団を1個のphoton(光量子)で励起される単位であることが分かる。この考え方と連動している重要な概念が、前回の講義で説明した「funnel
concept」である。そしてこの光合成単位は1種類ではなく、Red Drop現象(エマーソン効果)が示すように、性質の異なる複数個の(2個以上の)光合成単位が存在することが報告されるに至る。単色光を400nmから長波長側へ変化させながら葉緑体に照射していったとき、クロロフィル分子による光エネルギーの吸収が存在する領域(クロロフィル分子の吸収スペクトルから光エネルギーを吸収できる領域であることが分かる)であるにも関わらず、680nm
以降は急激に光合成活性(酸素発生量)が減少する。しかしながらこれに触媒量の青色光を照射することにより光合成活性は大幅に改善される。この理由は、藻類・植物のもつ光化学系2および1の長波長側の吸収スペクトルが若干異なることに起因する(葉緑体の吸収スペクトルは光化学系2および1の吸収スペクトルを足し合わせたものと考えてよい.)。つまり配布資料No.110でも示したが、光化学系2は680nm以降の光吸収は極端に減少するが、光化学系1は約5nmほど遅れて光吸収は減少する。この僅かな吸収スペクトルの違いが光合成活性に大きく影響することは授業で説明したとおりである。またこれとほぼ同時期に、複数個の光合成単位は、当時、その存在が見いだされていたチトクロム(b6/f)を介して協同して働いているらしいということも示唆されていた。長波長、短波長の光が及ぼす光合成電子伝達活性への影響について、配布資料No.113,
114の図を参考にして欲しい(講義では時間がなくて説明できなかったが、練習問題2を通じて理解して欲しい事柄である)。照射光の波長によって光化学系2および1の活性状態(駆動力)にアンバランスが生じ、それがチトクロム(b6/f)の酸化還元状態の変化に影響を与える。練習問題2は原論文のデーターをもとに作成している(ヴォートの教科書でも説明されている)。
補足:酸素1分子を放出するのに何故8光量子が必要なのか?
現在確立されているZスキームをもとに考えると理解しやすい。光化学系2の上で、2分子の水H2Oは4電子酸化(4光量子分の光照射)によって1分子の酸素(O2)に酸化される。しかしながら放出された4個の電子は、光化学系1の上で、さらに4光量子分の光照射によってさらに一段と高いエネルギー状態へ移行し、最終的にNADP+2分子の還元に使われる必要がある。つまり光化学系2と光化学系1が協調的に働き、結果的には8光量子分のエネルギーを注入(照射)することにより1分子の酸素が放出されるわけである。
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第13回(1月20日予定) |
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光合成非循環的電子伝達経路を理解するためのポイントはあくまでも2種の光化学系の協調的作動がいかに成し遂げられているか、という点です。また、水2分子は4電子酸化(4 phtonによる酸化)を受けて酸素1分子に変換されるのに、実際にはなぜ8 photonを必要とするのか?、ぜひ考えてみてください。最後に「電気化学」について補足しています。すでにミトコンドリアのエネルギー変換の講義で説明していますが、是非、復習をかねて勉強し直して欲しいと思っています。「光エネルギー変換効率」についても、講義で説明した内容の復習をお願いします。
7.光合成電子伝達系35), 36)
(1)非循環的電子伝達系
はじめに光合成反応の研究に関する歴史を簡単に説明した。1772年、プレーストリはガラス鐘の中に置いたローソクの火は消えるが、その中に植物を入れてしばらくすると再び燃えるようになることから「植物は酸素を放出している」ということを主張した。1788年、セネビエは沸騰させて二酸化炭素CO2を追い出した水の中に水草を入れても気泡(O2)は発生しないが、息(CO2)を吹き込むと気泡(O2)は発生することを示した。このことは植物が光と二酸化炭素があるところで酸素を発生するということを意味する。しかしながら1939年、ヒル(Hill)は空気を抜いたツンベルク管に入れた葉緑体混液は、シュウ酸第二鉄(Fe3+)存在下、光を当てると酸素を発生することを見いだした(これをヒル反応と呼ぶ)。これにより、酸素の発生は二酸化炭素の有無には無関係であり、明反応と炭酸固定の反応(二酸化炭素をブドウ糖に変換する反応)は葉緑体内において明確に区別できる反応であることが明らかとなった(今では明反応にはチラコイド膜、炭酸固定にはストロマ画分が必要であることが分かっている.)。またシュウ酸第二鉄(Fe3+)はFe2+に還元され、このヒル反応は酸化還元反応であることが判明した。
このような時代状況の中で、光合成単位としての光化学系の概念の成立を受けて、HillとBendallによる”斬新で革新的な”Zスキーム(非循環的電子伝達系)が提案された(1960年、Nature誌)37)。彼らの偉大さは、2段階の反応過程(水の酸化系とフェレドキシン還元系(NADPHの生成))をそれぞれ異なる光合成単位(光化学系のこと:現在は水の酸化系は系2、フェレドキシン還元系は系1と呼ばれる)が担い、その間にチトクロム(b6とf)が熱力学的平衡状態として存在していることを大胆にも推論した点にある。このチトクロム(b6とf)の機能については、彼らも当時の論文中で述べているように、当時、ミトコンドリア内で見いだされはじめていた各種のチトクロムが関与する反応単位(この反応単位は現在ではチトクロムbc1複合体として理解されている)と同じ機能(つまりエネルギー的にDown Hillの電子伝達反応が起こっていることを意味する)を想定したものである。その後、このZスキームは幾多の試練を経ながら、広く一般に受け入れらるようになったが、決定的で直接的証拠を提示したのがLamとMalkinによるin
vitroでの再構成実験(1982年)38)であることは講義で説明した。またその後の光合成電子伝達系の研究において使用された、様々な阻害剤、人工的電子供与体・受容体の作用部位について確認しておくこと。
(2)電子伝達成分(酸化還元成分)
非循環的電子伝達系で機能しているさまざまな電子伝達成分(酸化還元成分)について簡単に概説しておく。時間の都合上、講義できなかった。配布資料をもとに、教科書等を参考にしながら自分で勉強しておいてほしい。プラストシアニン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として銅原子をもつ。)、フェレドキシン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として[2Fe-2S]型あるいは[4Fe-4S]型をもつ。[2Fe-2S]型はシアノバクテリアや高等植物の葉緑体で機能している。)、FNR(フェレドキシン・NADP酸化還元酵素、分子量36,000くらい;補酵素としてフラビンをもち、2電子の酸化還元反応を仲介する。)はすべて水溶性タンパク質である。キノンは1電子還元を受けてセミキノン型、2電子還元を受けてキノール型となり、それぞれ光化学系2(紅色細菌型反応中心)のQA、QBサイトで機能している。正しくはQBサイトでは、キノンは水分子が酸化されることによって放出された2個の電子を光化学系から最終的に受け取り、ストロマ側からは2個のプロトンH+を供給されることにより還元型キノールとなる(QAサイトでは1電子還元の反応のみが起こる)。また還元型キノールはQBサイトから解離(遊離)し、膜の中を移動して(泳いで)いき、b/c(b6/f)複合体で酸化されることが分かっている(*キノン(キノール)は脂溶性の電子伝達成分であり、細胞膜中を泳ぐようにして移動することが可能である。)。このキノールの酸化の際に脱離するプロトンがルーメン側に放出され、結果的に膜の外側(ストロマ側)から膜の内側(ルーメン側)にプロトンが流れ入ることになり(これをプロトンのベクトル量的移動という)、膜内外のΔpH形成が生じる。このメカニズムについてはb/c(b6/f)複合体のQサイクルを理解する必要がある。このQサイクルはMitchell(化学浸透圧説によりノーベル賞受賞)が提唱したモデルであり、b/c(b6/f)複合体の立体構造が明かされた際、その正当性が認められた。Mitchellがまだ存命ならば、2回目のノーベル賞を受賞したであろうと言われている。さらに水の分解によってルーメン側でプロトンの放出、NADP+の還元によってストロマ側でプロトンの消失が起こっている。これはプロトンのスカラー量的移動と言われ、もう一つのΔpH形成の要因であることを理解しておく必要がある。プラストシアニン、フェレドキシンは1電子反応、FNR、NADP+は2電子反応であることに注意。これら電子伝達成分が機能している部位についても当然ながら確認しておくことが望ましい。また光合成電子伝達系の研究で使用される主な阻害剤と阻害部位については前回の授業ですでに説明した。
3)反応中心の構造・機能
反応中心は大きく2つのタイプ(キノンタイプとFeSタイプ)に分けられる。キノンタイプ(タイプ2)は紅色細菌型反応中心および光化学系2、FeSタイプ(タイプ1)は緑色イオウ細菌型反応中心および光化学系1である。これらは末端電子受容体の種類によって大別されており、構造的・機能的に関連性が深い。進化的には光化学系2の祖先型は紅色細菌型反応中心、光化学系1の祖先型は緑色イオウ細菌型反応中心と考えられている。紅色細菌型反応中心については1985年、詳細な立体構造が報告され、光反応中心の研究が大きく進展した。ちなみに紅色細菌型反応中心は膜タンパク質として世界で最初にX線結晶構造解析が成功した事例であり、1988年にはノーベル化学賞を受賞している。この余りにも速いノーベル賞受賞は、光化学反応中心の構造解析が与えたインパクトが当時としては絶大であったことがうかがえる。また光化学系1およ2については2001年初頭、相継いでその立体構造が同一グループ(ドイツ・マックスプランク研究所)から報告された。授業では反応中心に含まれる電子伝達成分と空間配置等について十分な解説をする時間がなかった。配布プリントを参考にしながら理解を心がけて欲しい。*タイプ1および2の反応中心の電子伝達成分を配位するタンパク質(コアタンパク)については、一次構造上、互いのsimilarity(homology)は低い(10-20%)が、フォールヂング・モチーフはきわめて類似している。このことは進化的にはすべての反応中心が同一起源であることを強く示唆している。
光化学系2の酸素発生系は、太陽エネルギーから無限の化学エネルギーを得る方法としても注目されている。2004年、水分解系に関与するMnクラスターの立体構造が報告されたが、まだ分解能は低くて最終結論は未だに保留されたままである(配布資料No.1XX)39)。今まで報告されてきた分光学的データとの一致が見られないらしい(つまりもう少し分解能がよくならないとMnクラスターの構造に関する結論は出ない)。酸素発生の分子機構を説明する「S-stateモデル」(2分子のH2Oが(4光子により)4電子酸化を受けて1分子のO2が放出されるというモデル)については教科書にも説明されているので各自で勉強しておいて欲しい。S0からS4までの各S-stateとMnクラスターの酸化還元状態との対応づけが今後の大きな課題となっている。
<補足> S-stateモデル(教科書第5版に詳細に記載されているので学習しておくことが望ましい)
1971年、P. JoliotとB. Kokは、約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液に短い閃光(20μsのフラッシュ)を1秒ことに照射すると、閃光当たりに発生する酸素量が4閃光ごとに変化するという周期性を見出した。つまり3、7、11発目の酸素発生量が最大になることから、酸素発生系には5つの状態があり(S0, S1, S2, S3, S4)、1回の光反応によってS1から順番にS4まで進んでいき(合計4回の光反応)、S0からS1に戻るときに酸素が発生すると考えた(最初に約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液はS1状態にある)。振幅が徐々に小さくなるのは、1回の閃光で反応しない、あるいは2回反応してしまうような反応中心が確率的には存在し、少しずつ酸化還元状態が不均一になってしまうためである。この考え方は、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生する反応は4電子酸化反応であり、4光子を必要とする光化学反応であるという考え方を支持する結果であった(1個の光子が1電子酸化反応を進めることになる)。酸素発生系には4個のMnと1個のCaから構成されるクラスターが関与しているが、これらS0〜 S4の状態はクラスターの酸化還元状態を示していると推測されているが、詳細な構造解析が待たれる。さらに光合成電子伝達反応が効率よく駆動するためには、光化学系II反応中心とI反応中心が協調的に働く必要がある。2分子のH2Oから放出された4電子は、1個ずつ順番に光化学系I反応中心に到達し、もう一度光化学反応により電子の持つエネルギーがさらに高められ、フェレドキシンの還元(1電子還元反応)が起こる。したがって、非循環的電子伝達経路において、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生するためには8個の光子を必要とする。このS-stateモデルは、光合成反応の最小単位としての光化学系の考え方と結びつけ
て考えると、理解しやすいであろう。
補足事項
「酸化還元電位」と「電気化学ポテンシャル(化学浸透圧説)」は生体エネルギー論における非常に重要な概念です。簡単な物理化学の教科書を読めば分かるように解説されています。練習問題3講義資料としてダウンロード可)を解きながら、理解を深める努力をしてみてください。特に電気化学ポテンシャルを学んだ多くの学生は、「プロトン濃度勾配がゼロのときは、ATP合成反応が駆動しない」と誤解しているようです。大きな誤りですので注意してください。
8.生体酸化還元反応とエネルギー
(1)酸化還元電位41)
電子伝達(移動)反応は酸化還元反応である。ほとんどの生化学系教科書ではほんの2〜3ページで酸化還元反応を説明し終わっていて、最近の生化学系の授業ではその重要性があまり認識されないまま省略される傾向があるように思われる。生体エネルギー変換(葉緑体・ミトコンドリア)および電気生理学の分野においては非常に重要な概念である。最近ではイオンチャネル(イオンポンプ、トランスポーター)の研究が脚光を浴びることが多々あるが、これらの反応機構の本質的な理解のためには、やはり酸化還元の概念が大切である(膜を介したイオンの濃度勾配は濃淡電池とみなすことができる)。まず簡単な参考書39)をもとに、中学〜高校で学んできた「電気化学」を簡単に復習し、濃淡電池の考え方そのものが「膜電位」という概念であることを理解する必要があるであろう。また任意の酸化還元物質の電位差を問題とする場合には、ある基準を設けて各物質の標準電位と決めておけば議論しやすい。電気化学では水素電極を基準の半電池(H2ガスの圧力は1atm、H+濃度は1mol/L)とし、個々の酸化還元物質の電位(標準電位)を求めるという約束事がある。酸化還元電位の理論式である「ネルンストの式」については、Gibbs自由エネルギー変化の式から導くことができる。電位差と自由エネルギー差は相互に変換可能である。また「ネルンストの式」からは、生体内の酸化還元反応を二つの半反応として記載しなおすことができることを理解すべきである。
<補足>40)
「ネルンストの式」からは生体内酸化還元反応のさまざまな性質を読みとることができる。ここでは3つの性質について補足しておきたい。まず1つ目は、nの値(何電子反応であるか)によって滴定曲線の傾きが変化することである。つまり[ox]/[red]の比率が0.1から10まで変化するとき、n=1のときは酸化還元電位は120mVの幅で変化するが、n=2のときは60mVの狭い幅で変化する。従って、逆に実験から得られた滴定曲線の幅から、当該物質が何電子還元を担っているかが明らかとなる。
2つ目として、生体内酸化還元反応においてはプロトン(H+)の関与は決して無視できない、ということである。プロトンに対する親和性は[酸化型]より[還元型]の方が高いので、「ネルンストの式」をpH依存的な式に変換できる(参考文献40に詳細に書かれている)。この式から分かることは、「pHが1増えるごとに標準電位が60mV下がる」ということである。従って、生化学において標準電位を指し示す場合には、必ず、どのpHで測定した値であるかを明記することが重要である。通常はpH7での値であり、Em7と記載されている。しかしながら実際の滴定実験においてはpH7以外で行われる場合もあり、その時は必ずpHX(普通はX=6-10)での標準電位である、と記載しなければならない。
生体内酸化還元反応の3つ目の特徴として、プロトン(H+)に対する親和性を考慮すると酸化還元電位のpH非依存領域が出現する、ということである。酸化型のプロトン(H+)の解離定数をKox、還元型のそれをKredとすると、pH << pKox、あるいは pH >> pKred 領域での酸化還元電位はpHに依存しなくなる。ネルンストの式をどのように変換するかについては考えてみて欲しい。一見複雑であるが、要はこの「ネルンストの式」の意味を理解した上で、実際の研究で使えるかどうかが大切なことなのである。ミトコンドリアに存在するキノール酸化還元酵素(b/c1複合体)のサブユニットの一つ、Rieskeタンパクは[2Fe-2S]型クラスターをもつ酸化還元タンパク質である。実際、このタンパク質の酸化還元滴定をすると、pH8
以下では酸化還元電位は一定でEm(acid) = 100 mV、また pH8-10 では傾き -80 mV/pH-unit となる。このことの意味することは、少なくとも1個以上のプロトン(H+)が関与する酸化還元反応であり、pH8 付近で解離する配位子(リガンド)が存在するということである(立体構造解析からHis2個とCys2個がリガンドとして機能していることが判明)。生化学の反応においては、このようにプロトン(H+)の関与を考慮しなければならない反応が非常に多く、生体内の酸化還元反応システムを実に豊かなものにしてくれている。
(2)化学浸透圧説
これまで講義してきたように、「光合成による光エネルギー変換」により還元力NADPHとATPが作り出される。特に葉緑体におけるATPの生成は、ミトコンドリアでの呼吸による酸化的リン酸化反応に対して、光リン酸化反応と呼ばれる。このリン酸化反応は、チラコイド膜を挟んで形成されたプロトンの電気化学ポテンシャルを利用することにより進行する。チラコイド膜を挟んでプロトンの濃度勾配が形成される反応には、3種類存在する。1)水の分解によるH+の放出、2)b6/f複合体によるキノール酸化に伴うH+放出、3)NADP還元(NADPH生産)によるH+の取り込み、である。これらのうち、1)、3)はプロトンのスカラー量的移動、2)をプロトンのベクトル量的移動、ということはすでに上で説明した。チラコイド膜を挟んでプロトンの移動が実際に起こっているのは2)の反応のみである。
Gibssの自由エネルギー変化は、「(膜を挟んで)異なる2点間での化学反応を伴わないイオンの移動に必要な仕事量」、として定義される。つまり、ある濃度差に逆らって(あるいは従って)移動させるときの仕事量(化学ポテンシャルから定義される量)とある電位差に逆らって(あるいは従って)移動させるときの仕事量(電気ポテンシャルから定義される量)の和である。講義でも少し説明したが、平衡状態のとき(自由エネルギー変化Δu
= 0)には、膜電位は膜内外のイオン濃度差により一義的に決めることができる。例えば神経細胞の非興奮時には、Kの膜電位は細胞内外の濃淡電池として説明されることを思い出して欲しい。電気化学ポテンシャルとは、イオンのような荷電をもつものの動きをよりダイナミックに表現する手法なのである。Mitchellはこの電気化学ポテンシャルの概念をミトコンドリアおよび葉緑体の生体膜研究に導入し、プロトン駆動力(protonmotive
force)そのものがATP生産のエネルギー源となることを提唱した。ここで注意すべきは、このプロトン駆動力の式が指し示す意味は、「プロトン濃度勾配がゼロ(ΔpH
= 0)でも膜電位による電荷勾配さえあれば、ATP合成反応が駆動する」ということである。 |
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過去の質問集(いずれQ&Aとしてまとめるつもりです) |
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2010年度の授業の質問リスト
1)灰色植物の葉緑体にペプチドグリカンを残しておくことにメリットはあるのか。
2)共生時に宿主である細胞には免疫機能が働かなかったのか(拒絶するようなことはなかったのか?)。
3)二次共生を行うことに何か利点があるのか。
4)ChlbとPB(フィコビリンン)をもつ光合成生物が(水平伝播で)出現してもよいように思うがどうか。
5)光合成をおこなう生物で、Chlaをもたない生物はいないのか。
6)カロテノイドのような補助色素はクロロフィルと同じように電子移動に関与しているのか。。
7)クロロフィル合成経路においてヘムと共通の酵素をもつとはどういう意味か。
8)なぜ被子植物は光依存型酵素しか持たないのか。
9)Protoporphyrin IXにMgを挿入するときにATPエネルギーが必要な理由が分からない。
10)なぜMgが光合成色素の中心金属として選ばれたのか。中心金属が異なると機能的にはどのような違いが生じるのか。
11)紅葉は赤く色づくと、葉緑体はどうなってしまうのか。
12)ヘム、クロロフィルの立体構造はどうなっているのか。平面図ばかりでイメージがわかない。
13)植物の紅葉(落葉)はどのようなシグナル(温度、日照時間など)を検知しているのか?
Ans: おそらく温度、日照時間等を感じていると思われるが、具体的な研究は進んでいない。
モデル植物(適切な木本)が存在しないのが一番の原因。
14)アントシアニンの機能として、光合成をしなくなるのに日焼け止め(?)というのがよく分からない。
15)(73)スライドの(BN)2、(YZ)2などが何を意味しているのか分からない。
16)なぜZnよりMgの方が広く光合成色素として利用されているのか。
Ans: Znは希少元素で中性では溶解度は低い。Mnは海中に豊富に存在していた故か。
17)人工光合成構築においては、クロロフィル色素をメインとする反応系と補助色素をも加えた反応系と、どちらが効率的か。
18)どのようにして光合成色素に人為的に金属を入れるのか?
19)なぜクロロフィルbを直接分解していく経路は存在しないのか。
Ans: 分解経路をクロロフィルaを出発物質とする経路にまとめるため。
20)分子中に2箇所以上の共役系がある場合、互いに独立してエネルギーを吸収するのか。エネルギー移動が起こるのか?
Ans: クロロフィルは2つの共役系(XとY:QXとQYの吸収帯)がある。
21)光合成色素の合成、分解経路はシアノバクテリアと植物に共通か?
Ans: 分解経路は植物のみに存在する。窒素N源の回収に意味があると思われる。
22)合成された色素(クロロフィルやカロテノイド)は、どのように合成の場から膜内に整列させられるのか?
23)フィトエンの不飽和化酵素がどうやって不飽和化の位置を区別しているのか?
24)紅色光合成細菌のLH2のリング(およびBchlaの膜面に平行・垂直な並び方)の意味、エネルギーのやり方、効率はどうなのか?。
25)Funnel Conceptの模式図では出口に向かって(エネルギーの低い方に向かって)色素の数が少なくなるのはなぜか?
26)Funnel Conceptは実習で行った励起エネルギー移動と関連することか?
27)人工光合成構築においては、クロロフィル色素をメインとする反応系と補助色素をも加えた反応系と、どちらが効率的か。
28)一番エネルギーの低いクロロフィルaのダイマーにエネルギーが流れるということだが、クロロフィルaはいつもダイマーで存在するものなのか?よく分かりません。
29)アインシュタインの光化学等量則において、1個の分子に励起させるのに充分なエネルギーをもつ2個の光子が同時に当たると、どうなるのか?
30)ファンネルモデルがよく理解できない。
Ans: 1個のクロロフィル分子に光子があたる確立は非常に小さい。大きく傘を広げても、雨滴(光子)はぽたぽたとしか落ちてこない。光化学反応のturn
overを速めるためには、できるだけ多くの光子を集めてくる必要がある。決して、ロートの中の水を一杯にするために傘を広げているわけではない。
31)多種類の色素をもち、したがって様々な吸収帯をもった光合成細菌がいると聞いているが、黒くk(グレー)に見える細菌はいるのか?
32)第一励起状態から基底状態にもどるとき、エネルギーは蛍光として失われるだけなのか?
33)励起エネルギーはどのように移動していくのか?
2009年度の授業の質問
1)葉緑体が『座布団』のように積み重なることにどのような意味があるのか。
2)チラコイド膜上の光合成関連関連タンパク質が不均一に分布していることに意味があるのか。
3)葉緑体やシアノバクテリアのチラコイド膜が1枚のつながった膜から成り立っているのはなぜか。
4)ミトコンドリアと葉緑体の脂質組成はなぜ異なるのか。
5)シアノバクテリアは窒素固定ができるというが、葉緑体ではもう窒素固定を行っていないのか。
6)異質細胞(酸素に不安定なニトロゲナーゼをもつ)は周りの細胞から発生する酸素の影響は受けないのか。
7)栄養細胞から異質細胞になるとき、どのようにプログラム化されているのか(なぜ規則正しい間隔で異質細胞が生じるのか)。
8)どのようにして、どれくらいの時間をかけて共生関係ができあがったのか。
2008年度の授業の質問
1)全地球凍結の終焉に際し、吹き荒れた暴風雨300ヘクトパスカルというのは、どれくらいの強さか。
2)地球温暖化の主な原因は二酸化炭素濃度増大である、という説に対する反論をもう少し説明して欲しい。
3)泥炭火災について興味があったので説明をして欲しい。
4)葉緑体やシアノバクテリアのチラコイド膜が1枚のつながった膜から成り立っているのはなぜか。
5)ミトコンドリアと葉緑体の脂質組成はなぜ異なるのか。
6)灰色植物の葉緑体にペプチドグリカンを残しておくことにメリットはあるのか。
7)共生成立時に、葉緑体と核の間での遺伝子のやりとりは、具体的にどのように起こったのか。
8)2回以上の共生を行うことのメリットはあるのか。三重膜、四重膜などの構造は邪魔になるだけではないか。
9)光合成をおこなう生物で、Chlaをもたない生物はいないのか。
10)Ring of Lifeとはどういうことか。その例を示して欲しい。
11)クロロフィルをもったシアノバクテリアが共生して葉緑体へと進化したというが、バクテリオクロロフィルをもった光合成細菌が共生した生物(葉緑体)は存在しないのか。
12)クロロフィル合成酵素をコードする遺伝子はどこに局在するか(核か葉緑体か)。
13)クロロフィル合成経路においてヘムと共通の酵素をもつとはどういう意味か。
14)なぜ被子植物は光依存型酵素しか持たないのか。
15)Protoporphyrin IXにMgを挿入するときにATPエネルギーが必要な理由が分からない。 |
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