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2.生体エネルギー論の基礎
生命の特質は細胞内の秩序を生み出し、維持していくことである。細胞が生きていくためには、エネルギーを必要とし、環境から得たエネルギーと原子(多くの生物は食物分子として取り込む)を用いて秩序をつくりだしていく必要がある。細胞内で起こる様々な反応は、熱力学的パラメーター(酵素の反応速度論および自由エネルギー変化)をもとに理解すると分かりやすい。今回からは、「生体エネルギー論の基礎」について講義していく。
(1)代謝の概説
代謝経路とは「特定の生成物にいたる一連の酵素反応」をいう。代謝反応はおおよそ2000種以上知られているが、それぞれの反応には別々の酵素が触媒する(基質特異性は厳密である)。ある生きものの全酵素の反応リスト(代謝マップ)を作るのは大変な作業であり、どの生きものについても完璧なものをつくることは不可能である。代謝経路の多くは枝分かれし、相互に複雑なつながり方をしている。代謝には2つの大きな方向性があり、食物分子を分解してエネルギー(ATPやNADHまたはNADPH)をつくり出す異化経路、エネルギーを用いて細胞構築用の分子をつくり出す同化経路である。多くの場合、分解生成物は炭素2個のアセチルCoAであり、多くのいろいろな物質(糖、脂質、アミノ酸)はこの共通中間体を経て、さらに酸化経路で代謝されていく。生命活動の維持のためには定常的なエネルギーの取り込みが必要であり、代謝経路を理解するには酵素反応論を理解することが前提となる。
(2)熱力学第1・第2法則
熱力学第2法則では、「宇宙(閉鎖系)では乱雑さの増す(エントロピーの増大する)方向に変化していく」とされる。しかし細胞は常にエネルギーを外部から取り入れることにより、秩序を維持(エントロピーを減少)しようと努めている。これが可能であるのは、細胞は化学反応の過程でエネルギーの一部を熱として環境中に放出しているからであり、その結果、細胞と環境とを合わせたエントロピーは増大することにより、熱力学第2法則の要請は満たされている。細胞が取り込むエネルギーは動物であれば他の生物がつくった有機分子を食物として摂取し、植物ならば太陽エネルギーを用いて有用な化学エネルギーに変換する。熱力学第1法則はエネルギー保存の法則であり、この法則は「エネルギーは相互に変換可能であり生成消滅することは決してない」ことを意味している。生物(細胞)が外界から摂取するエネルギー(あるいは吸収する光エネルギー)の一部のみが生きていくための(秩序を形成するための)エネルギーとして利用され、残りは熱エネルギーとして放出される。しかし、この放出された熱エネルギーがあるために、外界(環境)のエントロピーは増大することになる。このように第1法則は第2法則と密接に結びつくことにより、細胞内の秩序形成に役立っている。
外界(物質海)、細胞内(孤立系)、および全体のエントロピー変化をそれぞれΔS1、ΔS2、ΔSTとすると、以下の関係が成り立つ。
ΔST = ΔS1 + ΔS2 = -ΔH/T + ΔS2
ここでΔHは細胞内のエンタルピー変化(熱エネルギー変化)を表し、単位はJ/molである。(*細胞内のエントロピー変化は熱エネルギー変化と温度T(絶対温度である)の関数として表される。このあたりのことは熱力化学の簡単な教科書で説明されているので参照して欲しい。)つまり発熱反応のときはΔH
< 0 となり、吸熱反応のときはΔH > 0 となる。さらにGibbsの自由エネルギー変化は以下の式で定義され、自発的に進行する系の反応ではΔG
< 0 となる。
ΔG = -TΔST
(3)自由エネルギー変化
ある酵素反応がエネルギー的に起こりやすい反応であるかどうかは、自由エネルギーの変化(ΔG)で決まる。エネルギー的に起こりやすい反応(自発的に進行する系の反応)はΔG<0のときであり、エネルギー的に起こりにくい反応はΔG>0のときである。この自由エネルギー変化は、「反応の進行により宇宙全体で生み出される乱雑さの尺度」とも解釈することが可能である。従って「負のΔGは乱雑さを生み出す」とも言い換えることができる。
ここで重要な事柄は、「連続して起こる酵素反応では、ΔGを加算することができる」という点である。つまりエネルギー的に起こりにくい反応(X ->
Y:ΔG1>0)とエネルギー的に起こりやすい反応(Y -> Z:ΔG2<0)とを共役させ、ΔGtotal<0の時には反応が進行し、X から最終産物 Z が出来上がる。
ある反応の進む方向は、自由エネルギーの変化量(ΔG)によって決まる。ΔGは以下の式で定義されている。
ΔG = ΔG0 + RT ln [B]initial/[A]initial R:気体定数、T:絶対温度
ΔG0は標準自由エネルギーと呼ばれ、反応が平衡に達したとき(ΔG = 0)、平衡定数K = [B]equi/[A]equi により一義的に決まる値である(equi: equilibriumの意味)。逆にΔG0の値から、反応が平衡に達したときのAとBの濃度比(平衡定数K = [B]equi/[A]equi)を求めることができる。ここで重要なのは自由エネルギーの変化量(ΔG)は、反応開始前のAとBの濃度比で決まるということである。いくらΔG0が負の値でも、[B]initialが大過剰に存在すれば、B -> A の反応は理論上、起こりうることを示している。酵素反応はあくまでも可逆なのである。*このGibbsの自由エネルギーの概念は初めて学ぶ人にとっては、かなり難解である。特にΔGの定義式は、(1)初期状態(AとBの濃度比)から反応の方向性を議論することも可能であり、また(2)平衡状態に達した後に平衡定数(AとBの濃度比)を求めることも可能である、ということが理解できないようである。授業でも解説したが、[A]と[B]の意味が(1)と(2)のケースで異なっていることに注意して欲しい。かく言う私自身も、混乱していた学生の一人である。恥ずかしながら、この授業を担当するようになって、ようやく理解できるようになってきた。
連続して起こる酵素反応では、ΔGを加算することができることについてはすでに述べた。つまりエネルギー的に起こりにくい反応(X -> Y:ΔG1>0)とエネルギー的に起こりやすい反応(Y -> Z:ΔG2<0)とを共役させ、ΔGtotal<0の時には反応が進行する。しかしこの場合においても、反応が平衡に達した時のX, Y, Zの量比は、平衡定数で定義されるとおりで、K1 = [X]equi/[Y]equi、 K2 = [Y]equi/[Z]equiある。重要なことは、酵素(触媒)は活性化エネルギーを下げることができても(反応速度を上げることができても)、最終的な平衡状態は変化しないことを理解すべきである。
(4)共役反応系を利用した縮合反応
食物の酸化によって得られたエネルギーは、細胞が必要とするときまで(生合成反応に利用されるまで)一時的に貯蔵される必要がある。これには通常、活性型運搬分子という化学結合エネルギーを蓄えることのできる分子が使われ、代表的なものには、ATPやNADH(NADPH)がある。その他、アセチルCoA、カルボキシル化ビオチンがある。すでに触れた事柄だが、連続した2つの共役反応系では、エネルギー的に起こりにくい反応X
->Y(ΔG10>0)を、エネルギー的に起こりやすい反応Y -> Z(ΔG20<0)により駆動させることができる(ただしΔGtotal0<0)。しかし生合成反応(縮合反応)ではエネルギー的に起こりにくい反応による産物(例えばA-B)を最終的に必要とする場合がしばしばある。
A-H + B-OH -> A-B + H2O (ΔG0>0 )
生物はこのような場合にも共役反応系を利用した巧妙な手法を編み出している。まずATPを用いて高エネルギー結合をもつ反応中間体(B-0-PO3;高エネルギー中間体としてのリン酸化合物)をつくり、これが開裂することによるエネルギーでもって縮合反応を推し進めている。これが細胞内での生体高分子合成反応(縮合反応)の原理・原則であり、グルカゴン(デンプン)、タンパク質、核酸などの生合成経路において重要な役割を担っている。しかしながら核酸(RNA、DNA)合成においては、2個のATPが加水分解されることによって生じた高エネルギー中間体としてのヌクレオシド三リン酸が単に開裂するだけではエネルギーは不足し、反応は進行することができない。それゆえ高エネルギー中間体としてのヌクレオシド三リン酸からはまずピロリン酸が遊離し、さらに遊離したピロリン酸が2分子のリン酸基に開裂する。このようなヌクレオシド三リン酸の2段階にわたる加水分解反応により、約2倍のエネルギー(ΔG
= -26 kcal/mol)を引き出すことを可能としている。
(5)分子間結合の平衡定数
分子間相互作用の結合強度の目安は平衡定数で定義される。
A + B -> AB 結合速度 = kon x [A] x [B] (kon:結合の速度定数)
A + B <- AB 解離速度 = koff x [AB] (kofff:解離の速度定数)
[A]、[B]、[AB]、はA、B、AB分子の各濃度
平衡状態では、結合速度 = 解離速度となり、平衡定数は以下のように定義される。
kon x [A] x [B] = koff x [AB]
[AB] / [A][B] = kon/koff = K =平衡定数
したがって平衡定数が1より大きい反応ほど、平衡は右にずれる(反応が進行する)ことがわかる。また標準自由エネルギー差との関係は、平衡定数が10倍変化するごと(大きくなるごと)に1.4kcal/mol減少する。式で表すと、以下のようになる。
ΔG0 = -RT ln K = -RT ln [AB]/[A][B]
(6)酵素の活性化エネルギー
酵素は化学反応の障壁(活性化エネルギー)を低くする触媒である。試験管内の化学反応では、酵素がない場合には活性化エネルギーを熱として外部から与える必要があるが、酵素が存在すると、分子の揺らぎによる熱エネルギーでまかなえるくらいに、その障壁は低くなる。分子のエネルギーレベルは波間に漂う浮き草のように常に揺らぎながら変動している。そしてある一定の揺らぎレベルを超えた浮き草だけが防波堤を乗り超える。同じように、ある一定以上の活性化エネルギーEaをもつ分子だけが反応を進行させることができ、その速度定数kは「アーレニウスの式」として以下の式で定義される。
k = A e -Ea/RT A: 頻度因子、Ea:活性化エネルギー、R:気体定数、T:温度
ここで e -Ea/RT はボルツマン分布因子と言われ、活性化エネルギーEa以上のエネルギーをもつ分子の割合を示す。従って活性化エネルギーが減少すると反応できる分子数の割合が増大し、結果的に反応速度が増大することを意味する。温度Tの上昇によっても反応速度は増大する。さらに「アーレニウスの式」は
ln k = ln A - Ea/RT
と変換することができる。この式の意味するところは、X-Y座標においてX軸を1/T、Y軸をln kにしてプロットするならば、傾きが-Ea/Rとなるということである。Rは気体定数なので、傾きから活性化エネルギーをもとめることが可能となる。実際にある酵素反応の活性化エネルギーを求めるには、温度Tに対する反応速度(速度定数)を求め、それをプロットすればよい。
(7)酵素による反応速度論
酵素による触媒反応はきわめてその特性が高い。またあくまでも触媒であり、酵素自身は変化することはない。反応機構の詳細はそれぞれの酵素の立体構造をもとに議論されるべき事柄であるが、反応進行のエネルギー障壁(活性化エネルギー)を最小にするために遷移状態と呼ばれる特別な状態が存在する。これは基質結合部位周辺の原子の配置や電子の分布状態を変化させ、基質分子の構造的ゆがみにより反応が起こりやすくさせる状態のことをいう。酵素による反応速度は、ミカエリス・メンテン式により定義される。
速度= Vmax x [S]/([S] + KM)
[S]:基質濃度
KM:反応速度が最大値(Vmax)の半分になるときの基質濃度
KMは酵素に対する基質の親和性を表すパラメーターであり、KMが低いということは酵素・基質間の結合が強いことを意味する。この式から、以下の関係(近似式)を導き出すことができる。講義ではなぜこのように近似できるのかを説明した。
基質濃度SがKMよりずっと小さいとき 速度=Vmax/[KM] x [S]
基質濃度SがKMに等しいとき 速度=Vmax x 1/2
基質濃度SがKMよりずっと大きいとき 速度=Vmax
(補足:細胞内の酵素反応)
平均的な酵素が1秒間に基質と反応する回数は約1000回(kcat = ca.1000/s)である。細胞内には、酵素も基質も比較的少数しか存在しない。したがって酵素は、1秒の何千分の1という時間内に生成物を放出し、次の基質を探し出さねばならない。酵素や巨大分子は小分子に比べて細胞内での拡散速度は非常に遅い。しかし細胞内の小分子(基質分子)は熱エネルギーによって常に運動し、細胞内をでたらめに走り回っている(拡散運動)。それゆえ、分子はたがいに他の分子と衝突を繰り返し、常に運動の方向を変化させている(ランダム歩行)。個々の分子がランダム歩行で動く平均距離は、歩行時間の平方根に比例する。基質分子は水分子とほぼ同じ速さで運動し、10μm進むのに約0.2秒を要する。細胞内のような短い距離での反応において、拡散運動による酵素反応の進行は非常に効率的であることは容易に理解できる。また、酵素が基質分子と出会う頻度は基質分子の濃度に依存する。例えば細胞内の基質濃度が0.5mMのとき、基質は酵素の活性部位に毎秒50万回衝突することができるし、0.05mMなら毎秒5万回の衝突する。一方、分子の長距離移動には特別な輸送装置が必要となり、これは別のところで講義する予定である。
(補足:ミカエリス・メンテン式の導き方)
酵素反応は、二つの次の反応が続いて起こっているとみなすことができる。
S + E <-> ES -> (右向きの速度定数): k1、<- (左向きの速度定数): k-1
ES -> E + P -> (右向きの速度定数): k2
ここでSとPは基質と産物、EとESは遊離の酵素と酵素基質複合体である。
[ES]の生成と解離の速度は
d[ES]/dt = k1[E][S] および -d[ES]/dt = (k-1 + k2) [ES]
準定常状態では、生成速度と解離速度が等しいとみなされるので
k1[E][S] = (k-1 + k2) [ES]
また酵素の初濃度[E]0は全酵素濃度であるので
[E]0 = [E] + [ES]
K' = (k-1 + k2)/k1 とおくと
([E]0 - [ES])[S] = K'[ES] すなわち [ES] = [E]0[S]/(K' + [S])
酵素反応の速度をVとすると
V = k2[ES] = k2[E]0[S]/(K' + [S])
ここでk2[E]0は全酵素がES複合体を形成したときの反応速度で最大Vmaxを意味する。
すなわち以下のミカエリス・メンテン式が導かれる。
V = Vmax[S]/(K' + [S]) (ここで通常K'はKMとおかれる)
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4.光合成によるエネルギー変換
(1)非循環的電子伝達系
はじめに光合成反応の研究に関する歴史を簡単に説明した。1772年、プレーストリはガラス鐘の中に置いたローソクの火は消えるが、その中に植物を入れてしばらくすると再び燃えるようになることから「植物は酸素を放出している」ということを主張した。1788年、セネビエは沸騰させて二酸化炭素CO2を追い出した水の中に水草を入れても気泡(O2)は発生しないが、息(CO2)を吹き込むと気泡(O2)は発生することを示した。このことは植物が光と二酸化炭素があるところで酸素を発生するということを意味する。しかしながら1939年、ヒル(Hill)は空気を抜いたツンベルク管に入れた葉緑体混液は、シュウ酸第二鉄(Fe3+)存在下、光を当てると酸素を発生することを見いだした(これをヒル反応と呼ぶ)。これにより、酸素の発生は二酸化炭素の有無には無関係であり、明反応と炭酸固定の反応(二酸化炭素をブドウ糖に変換する反応)は葉緑体内において明確に区別できる反応であることが明らかとなった(今では明反応にはチラコイド膜、炭酸固定にはストロマ画分が必要であることが分かっている.)。またシュウ酸第二鉄(Fe3+)はFe2+に還元され、このヒル反応は酸化還元反応であることが判明した。
このような時代状況の中で、光合成単位としての光化学系の概念の成立を受けて、HillとBendallによる”斬新で革新的な”Zスキーム(非循環的電子伝達系)が提案された(1960年、Nature誌)37)。彼らの偉大さは、2段階の反応過程(水の酸化系とフェレドキシン還元系(NADPHの生成))をそれぞれ異なる光合成単位(光化学系のこと:現在は水の酸化系は系2、フェレドキシン還元系は系1と呼ばれる)が担い、その間にチトクロム(b6とf)が熱力学的平衡状態として存在していることを大胆にも推論した点にある。このチトクロム(b6とf)の機能については、彼らも当時の論文中で述べているように、当時、ミトコンドリア内で見いだされはじめていた各種のチトクロムが関与する反応単位(この反応単位は現在ではチトクロムbc1複合体として理解されている)と同じ機能(つまりエネルギー的にDown Hillの電子伝達反応が起こっていることを意味する)を想定したものである。その後、このZスキームは幾多の試練を経ながら、広く一般に受け入れらるようになったが、決定的で直接的証拠を提示したのがLamとMalkinによるin
vitroでの再構成実験(1982年)38)であることは講義で説明した。またその後の光合成電子伝達系の研究において使用された、様々な阻害剤、人工的電子供与体・受容体の作用部位について確認しておくこと。
(2)電子伝達成分(酸化還元成分)
非循環的電子伝達系で機能しているさまざまな電子伝達成分(酸化還元成分)について簡単に概説しておく。時間の都合上、講義できなかった。配布資料をもとに、教科書等を参考にしながら自分で勉強しておいてほしい。プラストシアニン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として銅原子をもつ。)、フェレドキシン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として[2Fe-2S]型あるいは[4Fe-4S]型をもつ。[2Fe-2S]型はシアノバクテリアや高等植物の葉緑体で機能している。)、FNR(フェレドキシン・NADP酸化還元酵素、分子量36,000くらい;補酵素としてフラビンをもち、2電子の酸化還元反応を仲介する。)はすべて水溶性タンパク質である。キノンは1電子還元を受けてセミキノン型、2電子還元を受けてキノール型となり、それぞれ光化学系2(紅色細菌型反応中心)のQA、QBサイトで機能している。正しくはQBサイトでは、キノンは水分子が酸化されることによって放出された2個の電子を光化学系から最終的に受け取り、ストロマ側からは2個のプロトンH+を供給されることにより還元型キノールとなる(QAサイトでは1電子還元の反応のみが起こる)。また還元型キノールはQBサイトから解離(遊離)し、膜の中を移動して(泳いで)いき、b/c(b6/f)複合体で酸化されることが分かっている(*キノン(キノール)は脂溶性の電子伝達成分であり、細胞膜中を泳ぐようにして移動することが可能である。)。このキノールの酸化の際に脱離するプロトンがルーメン側に放出され、結果的に膜の外側(ストロマ側)から膜の内側(ルーメン側)にプロトンが流れ入ることになり(これをプロトンのベクトル量的移動という)、膜内外のΔpH形成が生じる。このメカニズムについてはb/c(b6/f)複合体のQサイクルを理解する必要がある。このQサイクルはMitchell(化学浸透圧説によりノーベル賞受賞)が提唱したモデルであり、b/c(b6/f)複合体の立体構造が明かされた際、その正当性が認められた。Mitchellがまだ存命ならば、2回目のノーベル賞を受賞したであろうと言われている。さらに水の分解によってルーメン側でプロトンの放出、NADP+の還元によってストロマ側でプロトンの消失が起こっている。これはプロトンのスカラー量的移動と言われ、もう一つのΔpH形成の要因であることを理解しておく必要がある。プラストシアニン、フェレドキシンは1電子反応、FNR、NADP+は2電子反応であることに注意。これら電子伝達成分が機能している部位についても当然ながら確認しておくことが望ましい。また光合成電子伝達系の研究で使用される主な阻害剤と阻害部位については前回の授業ですでに説明した。
3)反応中心の構造・機能
反応中心は大きく2つのタイプ(キノンタイプとFeSタイプ)に分けられる。キノンタイプ(タイプ2)は紅色細菌型反応中心および光化学系2、FeSタイプ(タイプ1)は緑色イオウ細菌型反応中心および光化学系1である。これらは末端電子受容体の種類によって大別されており、構造的・機能的に関連性が深い。進化的には光化学系2の祖先型は紅色細菌型反応中心、光化学系1の祖先型は緑色イオウ細菌型反応中心と考えられている。紅色細菌型反応中心については1985年、詳細な立体構造が報告され、光反応中心の研究が大きく進展した。ちなみに紅色細菌型反応中心は膜タンパク質として世界で最初にX線結晶構造解析が成功した事例であり、1988年にはノーベル化学賞を受賞している。この余りにも速いノーベル賞受賞は、光化学反応中心の構造解析が与えたインパクトが当時としては絶大であったことがうかがえる。また光化学系1およ2については2001年初頭、相継いでその立体構造が同一グループ(ドイツ・マックスプランク研究所)から報告された。授業では反応中心に含まれる電子伝達成分と空間配置等について十分な解説をする時間がなかった。配布プリントを参考にしながら理解を心がけて欲しい。*タイプ1および2の反応中心の電子伝達成分を配位するタンパク質(コアタンパク)については、一次構造上、互いのsimilarity(homology)は低い(10-20%)が、フォールヂング・モチーフはきわめて類似している。このことは進化的にはすべての反応中心が同一起源であることを強く示唆している。
光化学系2の酸素発生系は、太陽エネルギーから無限の化学エネルギーを得る方法としても注目されている。2004年、水分解系に関与するMnクラスターの立体構造が報告されたが、まだ分解能は低くて最終結論は未だに保留されたままである。今まで報告されてきた分光学的データとの一致が見られないらしい(つまりもう少し分解能がよくならないとMnクラスターの構造に関する結論は出ない)。酸素発生の分子機構を説明する「S-stateモデル」(2分子のH2Oが(4光子により)4電子酸化を受けて1分子のO2が放出されるというモデル)については教科書にも説明されているので各自で勉強しておいて欲しい。S0からS4までの各S-stateとMnクラスターの酸化還元状態との対応づけが今後の大きな課題となっている。
<補足> S-stateモデル(ヴォート基礎生化学第5版に詳細に記載されている)
1971年、P. JoliotとB. Kokは、約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液に短い閃光(20μsのフラッシュ)を1秒ことに照射すると、閃光当たりに発生する酸素量が4閃光ごとに変化するという周期性を見出した。つまり3、7、11発目の酸素発生量が最大になることから、酸素発生系には5つの状態があり(S0, S1, S2, S3, S4)、1回の光反応によってS1から順番にS4まで進んでいき(合計4回の光反応)、S0からS1に戻るときに酸素が発生すると考えた(最初に約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液はS1状態にある)。振幅が徐々に小さくなるのは、1回の閃光で反応しない、あるいは2回反応してしまうような反応中心が確率的には存在し、少しずつ酸化還元状態が不均一になってしまうためである。この考え方は、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生する反応は4電子酸化反応であり、4光子を必要とする光化学反応であるという考え方を支持する結果であった(1個の光子が1電子酸化反応を進めることになる)。酸素発生系には4個のMnと1個のCaから構成されるクラスターが関与しているが、これらS0~ S4の状態はクラスターの酸化還元状態を示していると推測されているが、詳細な構造解析が待たれる。さらに光合成電子伝達反応が効率よく駆動するためには、光化学系II反応中心とI反応中心が協調的に働く必要がある。2分子のH2Oから放出された4電子は、1個ずつ順番に光化学系I反応中心に到達し、もう一度光化学反応により電子の持つエネルギーがさらに高められ、フェレドキシンの還元(1電子還元反応)が起こる。したがって、非循環的電子伝達経路において、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生するためには8個の光子を必要とする。このS-stateモデルは、光合成反応の最小単位としての光化学系の考え方と結びつけ
て考えると、理解しやすいであろう。
以下は2018年度まで行っていた講義の一部です。2020年初頭に突然起こった新型コロナ感染症拡大は想定外の出来事でしたが、何かの参考になればと思い、残しておきます。いずれCovid-19パンデミックが終息したときに、加筆していきたいと考えています。
番外編:新型インフルエンザによるパンデミック(ウィルスの引き起こす病気について)
まだ記憶にあると思うが、2009年の豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)は世界的大竜以降(パンデミック)を引き起こし、2年後の2011年3月、ようやく通常の季節性インフルエンザとなったことが厚生労働省から発表されて終息宣言が出された。また2010年4月初め頃、国内において口蹄疫発生が報告され、宮崎県では畜産農家が大被害を受けるに至った。2013年の3月末には、中国政府が鳥インフルエンザウィルスに中国人3名が感染したと公表し、その後、130名近くの感染者拡大および40名近い死亡者が報道されている。2014年4月には、熊本県内において鳥インフルエンザが検出され(H5亜型)、11万羽が殺処分された。2015年には、中東からもたらせれ韓国で感染が拡大しているMERSのニュースが話題となった。人類が存続する限り、永久に闘っていかなければならないすウィルスについて、今年度も講義しておきたい。
まず、2010年の口蹄疫についての報道をまとめておく。(2010年)4月20日に口蹄疫感染の疑いがある牛が見つかり、その農家で飼育されていた全16頭は殺処分された。しかし初期対応が遅かったこともあり、その後被害が拡大し、宮崎県では約15万頭の家畜(牛約2万頭・豚約13万頭)が殺処分対象となった(2010年5月25日現在)。口蹄疫はウィルスが原因の家畜伝染病(牛、豚等の偶蹄類の動物の病気であり、人に感染することはない)であり、極めて感染力の強いウィルスであるため、家畜伝染予防法で同じ農場の家畜はすべて殺処分と決められている。口蹄疫ウィルスの感染経路には接触感染のみならず空気感染(塵や埃に付着したウィルス)のため、被害地域も広範囲となってしまう。気象条件にもよるが、陸上では60キロ、海上では250キロも風に乗って移動するといわれている。欧州では海を越えて、フランスから英国に、デンマークからスウェーデンに飛んだ記録もある。口蹄疫の症状としては、発熱、多量のよだれが見られ、舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根などの皮膚の柔らかい部位に水泡が形成されることもある。幼畜の場合は致死率が50%に達する場合もあるが、成畜では数パーセントである。しかし、乳収量や産肉量が減少するため、畜産業には大きな打撃となることに間違いない。ワクチンを接種しても家畜の体内にウィルスは残る。それゆえ感染を予防するためではなく、あくまでも感染の拡大を食い止めるためと理解する必要がある。特に豚は牛の100倍~2千倍のウィルスを出すそうで、対応が急がれる理由もそこにある。英国で2001年に口蹄疫が拡散し、結果約600万頭が殺処分になったときの被害総額は約1兆円であったという。
2007年の春に日本の各都市部で麻疹が集団発生したことは記憶にあるだろうか。大阪大学においても6月末にいくつかのクラスで発生し、私の授業も多くの学生さんが出席停止を余儀なくされた。その頃は高病原性鳥インフルエンザウィルスの話題がマスコミを賑わしていたが、この麻疹騒ぎでテレビや新聞の報道では触れられることがなくなってしまった。世界保健機構がはフェーズ6にあたる「パンデミック」がいつ、どこで起こっても不思議ではない、とのメッセージを静かに流し続けてはいたが、ほとんどの人は聞き流し、懐疑的であった。そして2009年のゴールデンウィーク前に突如として現れた新型インフルエンザは、幸いにして豚インフルエンザウィルス由来の弱毒性H1N1型であった。メキシコで発生し、初期対応が遅れてしまったことが世界各国に広がる原因となってしまったことは否めないが、それでも世界保健機構は警告レベルを一気にフェーズ4にまで引き上げ、世界に注意喚起を促した。日本では5月下旬に神戸、大阪の高校生を中心に広まったが、小中高および大学の臨時休校という前例のない措置で乗り切った。大げさな対応であるという非難もあろうが、少しでも対応が後手になり、患者数が急増してしまったならば、当時としては医療機関がパンクしてしまう可能性もあった。しかしながら南半球の季節は北半球と逆であり、インフルエンザが猛威をふるい始め、とうとう世界保健機構はフェーズ6に引き上げた。半年後、北半球が冬を迎えるときに再び猛威をふるうのではないかと危惧されていたが、生活者一人一人の感染予防意識の高まりも幸いしたのか、危惧される状況にまで患者数が急増することはなかった。。これまでの教訓が生かされた対策作りのお陰であろうか。今日の授業では、ウィルスの引き起こす病気にはさまざまなものがあるが、インフルエンザウィルスを中心に講義した。少し専門的な用語もあり難解であったかも知れないが、生物学の基礎をしっかりと学んでおけば、新聞報道やWEBサイトを情報源として十分に理解できる内容である。学生の皆さんには、自らが学んでいく力(学力)をつけて欲しいと願っている。実は今日の講義資料のほとんどは、私自身がここ数年、自身の興味に任せていろいろなメディアを使って調べて蓄えてきたものであり、正確さに欠ける事柄があれば指摘していただきたいとも思っている。
インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)は本当に起こるのか?、と誰もが疑問を抱いている。世界保健機構が2003年のSARSを教訓に策定した鳥インフルエンザ(H5N1型)のパンデミックに備えたフェーズ1から6までの流行レベルがある。実は20世紀においても、フェーズ6にあたるパンデミックは3回起こっている。1918年-1919年のスペイン風邪、1957年-1958年のアジアインフル、1968年-1969年の香港インフルエンザ、である。ほぼ30-40年毎に起こっている大流行という周期を考えれば、いつ新型インフルエンザ(鳥インフルエンザ)が起こっても不思議ではない。
インフルエンザウィルスは細胞ではなく、自ら分裂して増えることはできない。遺伝情報としてはごく限られた遺伝子(通常、数個まで)しか持たず、宿主である動植物の細胞にエンドサイトーシスにより侵入し、宿主細胞のもつDNA/RNA複製装置・翻訳装置をかりて自身の遺伝子を増幅し、必要なタンパク質を作る。ウィルスの殻を構成しているヘマグルチニンという突起状タンパク質は宿主細胞膜表面の糖鎖の種類を認識し、ヒト由来ウィルスはヒト細胞と豚細胞へ、鳥由来ウィルスは鳥細胞と豚細胞へと感染する。したがって突然変異が生じない限り、ヒト・鳥の間で直接、ウィルスが伝播・感染することはない。パンデミックが危惧されている高病原性鳥インフルエンザウィルス(H5N1型)は、現在、鳥からヒトへの感染は確認されているが(たぶん高濃度のウィルスにさらされたのが原因だろう)、ヒトからヒトへの感染は確認されていない。しかし、いつ突然変異を生じ、ヒトからヒトへと感染するようになるか分からないと言われている。今回の豚由来のインフルエンザウィルスはヒトからヒトへと感染するように突然変異が生じたものであると考えられている。遺伝子解析では、4種の遺伝子(ヒト、鳥、北米の豚、欧州・アジアの豚)の遺伝子が混ざったものであることも明らかとなっている。ここで遺伝子解析のために使われるPCR法の原理を理解しておいて欲しい。最近の犯罪捜査にも有効な手法であることが強調されている。
インフルエンザの特効薬であるタミフル(リレンザ)はウィルスの殻にあるノイラミニダーゼという酵素の阻害剤である。ウィルスが細胞内で増殖し、最後に細胞を破って出て行くときに、宿主細胞の細胞膜を破壊するために働く酵素がノイラミニダーゼである。つまりタミフルは宿主細胞内で増殖したウィルスを細胞内に封じ込める役目をするのであって、決してウィルスそのものを不活化inactivate(死滅)させたり、ウィルスの浸入を防ぐものではない。タミフルは経口投与であるが、同じ機能をもつリレンザは吸入投与である。ウィルスは気管上皮細胞に浸入・増殖するため、吸入投与の方が即効性が期待されるが、小児や高齢者には処方しにくい。最近の報道では、ゾフルーザと呼ばれるインフルエンザ新薬が発売された(2018年3月14日)。この抗インフルエンザウィルス薬は、ウィルスのmRNA合成を阻害する働きがあり、ウィルスそのものが細胞内で増殖するのを防ぐ働きがある。この作用機序(キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤)については、いずれ詳しく講義する予定である。
さて、鳥インフルエンザ(H5N1型)とはどのようなウィルスなのであろうか?一旦、突然変異によりヒトからヒトへの感染能力を獲得したならば、世界中で何千万ものヒトが死に至り、1918年のスペイン風邪以来の大惨劇となるのではないかと危惧されているのだから、やはり脅威である。そもそもインフルエンザ・ウィルスとは、トリ(ニワトリ、カモ、アヒル)などの家禽類、およびブタ、馬などの家畜類に感染し、通常は毒性の弱いウィルスであり、ヒトに感染して病気を発症させるようなことはない。それゆえ、このウィルスは普通、鳥インフルエンザ・ウィルスという名称で呼ばれている。しかしながらこのウィルスは非常に変異が激しく(突然変異が生じやすい)、トリやブタの体内で保持されているうちに強毒性に変異し、ヒトへの感染力をも獲得する場合がある。ここ数年、よく東南アジア方面で鳥インフルエンザ・ウィルスがヒトに感染して発病した、というニュースが飛び込んでくる。中には死に至ったという重篤なケースもある。報告されている感染者数の半数近くが亡くなっているのだから、脅威と言うしかない。2006年11月26日では、韓国の養鶏場で約6000羽の鳥が強毒性の鳥インフルエンザH5N1型で大量に死んだという報道があった。今般話題のこのウィルス、H5N1型は、現在のところ鳥やブタからヒトに感染はするが、ヒトからヒトへの感染能力は獲得していない。しかしながら、ヒトからヒトへの感染能力を獲得するのは時間の問題と考えられている。ヒトからヒトへの感染能力を獲得した新型ウィルスは、一般にはブタの体内で鳥インフルエンザ・ウィルスとヒトインフルエンザ・ウィルスが交じり合って誕生することが分かっている。実際、1968年の香港インフルエンザ(H3N2)は、カモに運ばれたウイルスが中国南部でアヒルに感染し、それがブタにうつり、ブタの体内でヒトのウイルスと交じり合って新型ウイルスになったことが日本の研究者により解明されている。ヒトからヒトへの感染能力を獲得した新型ウイルスは、ヒトの遺伝子断片をゲノム中に取り込んでいる。最近、1918年のスペイン風邪で亡くなった人をアラスカの永久凍土から掘り返し、インフルエンザウィルス(A型H1N1)を甦らせたという報告があった(Nature誌、Vol.437:
794-795)。このウィルスをマウスに感染させたところ、すべてのマウスが6日以内に死んだという。またこのウィルスのゲノム中にもヒト遺伝子断片が確かに挿入されていた。
さて、そもそもH5N1型ウィルスは、1997年5月、香港の九龍地区において発見されたのが最初の報告である。3歳の男子が風邪の症状で亡くなり、H5N1型と名付けられたに新型ウィルス感染していたことが判明したのである。本来、鳥インフルエンザ・ウィルスは鳥やブタの間では感染するがヒトへの感染力はもたない。この年の8月、香港は中国への返還をひかえていたために、WHOや中国政府はしばらく戦々恐々としていたことは想像に難くない。幸いにしてその後半年間は何事もなく平穏な日々が続いたが、突然11月になって、このH5N1型ウィルスへの感染患者が現れはじめ、年末までに17人が感染、そのうち5名が死亡した。ウィルスに感染した患者のすべては、やはり鳥やブタなどの家禽類・家畜類からの感染であった。しかし致死率30%という非常に毒性の強いH5N1型ウィルスを目の当たりにしたWHOと中国政府は、その年の暮れも押しせまった12月28日の深夜、香港地区のニワトリ150万羽の大殲滅作戦を敢行した。最初は首をはねて殺したというが、それでは追っつかないということで、炭酸ガスによる大量毒殺を挙行したという。そして何事もなかったように新しい年を迎え、H5N1型ウィルスは収束するかに思われていた。しかしながらウィルスは渡り鳥を介して、東南アジアや中央アジアへと密かに広がっていた。数年前から、日本の各地でもH5N1型ウィルスに感染したニワトリ、カラスが発見されているという報道は記憶に新しいと思う。その都度、感染の疑われる養鶏場のニワトリはすべて処分され、かろうじて日本国内では封じ込めのための水際作戦は今のところ成功しているように見える。ところがH5N1型ウィルスに感染した鳥がヨーロッパ各地で見つかり始め、ニュースでも大きく取り上げられるようになった。
ウィルスに感染した鳥が見つかったときには、その地域の家禽類を全て殺処分することが原則となっている。その理由は、トリとヒトとの間での感染・発病ならばその地域だけの風土病としていずれは終息に向かうことが期待されるが、いつ何時、ウィルスに変異が生じてヒトからヒトへの感染力を獲得するかどうか分からないからである。今日、ヒトの往来が全世界的な規模なっている時代では、ヒトへの感染力を一旦獲得したウィルスは当然、短期間のうちに全世界へ拡大してしまう危険性がある。12年前(2003年)、あれだけ全世界を震撼させたSARSウィルスを例にとれば容易に理解できると思われる。また日本では毎年、今冬に流行するインフルエンザの型を予測し、ワクチンの生産が行われている。実は生産されるワクチンの型は、その年の春頃(4-5月)に東南アジアで流行するインフルエンザ・ウィルスの型から予測されている。つまり東南アジアで発症したインフルエンザ・ウィルスが全世界に拡大していくという構図になっている。東南アジアの食文化は家禽類が中心である。家畜の衛生状態を改善していく必要もあるが、個人的には現時点では如何ともしがたい状況であると感じている。ちなみに2005年8月に発表されたWHO報告では、ウィルス征圧には数年かかるとされている。人類への甚大な被害をもたらさないうちに、何とか駆逐されることを祈るのみである。
(補足)
2007年の春ごろ、東京都をはじめ、神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府などで麻疹が集団発生したことは記憶に新しい。発症者の多くが大学生・高校生であり、彼らが子どもの頃に予防接種による副作用が原因で死亡事故が多発したために予防接種を控えたり、就学前(小学校入学前)に2回目の接種をしなかった人が多いためと報道されている。麻疹は空気感染力の非常に強いウィルス病であるが、幼児期に感染しても、あるいはたとえ予防接種を受けていたとしても、免疫は終世保たれるわけではない。発病しない程度に感染し、免疫記憶が更新される必要がある。
麻疹ウィルスは、例え感染したとしても決して終世免疫は得られないことを認識しておく必要がある。この麻疹ウィルスは、直径が100-250nm、エンベロープを有し、遺伝情報としては一本鎖RNAをもつ。感染経路は空気感染・飛沫感染・接触感染で多彩であり、予防法としてはワクチンによる予防接種しかないとされている。またリンパ節、脾臓、胸腺などの全身のリンパ組織を中心に感染・増殖する。潜伏期は10-12日と長く、その後発症すると、カタル期3-4日(熱は39度前後)を過ぎて、一旦熱が1度ほど下がるがすぐに発疹期4-5日(熱は40度近い)に入り、その後回復期3-4日を経過して治癒していく。よく3日麻疹と勘違いする人がいるが、その病名は正確には風疹で麻疹とは異なる。医学書の類では、出産を希望する女性や将来医療関係に進む人には積極的に麻疹の抗体価を測定し、抗体価が低い場合にはワクチンを接種するように勧めている。
また2006年暮れには、ノロウィルスによる集団感染が深刻な事態になっていることが新聞・テレビ等で報道された。ノロウィルスは非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウィルス(エンベロープをもたない小型球形ウィルスで一本鎖RNAを遺伝物質としてもつ)の一種である。カキなどの貝類による食中毒の原因でもある。約30種の遺伝子型があり、感染性胃腸炎の原因となるのはGII4型である。最近、老人ホームや病院、ホテル等で集団感染していのはすべてGII4型であることが判明している。このGII4型はヒトからヒトへ感染する特徴があり、接触感染や空気感染で広まっていく。ホテル客が廊下で嘔吐し、カーペットに付着したウィルスが飛散することによって3階と5階の客の大半が感染したというのだから、その感染力には恐るべきものがある。残念ながら治療法は確立していなく、ワクチンも開発されていない。一度ノロウィルスに感染して発症したのなら、脱水症状に注意して自然治癒するまで安静にしておくしかないという。しかも免疫も1-2年でなくなるらしい。有効な予防方法は手洗い・うがいの励行、食品の加熱しかない。我が家も2006年の冬、家族全員が次々に感染し、ダウンしてしまった経験がある。
その他、天然痘ウィルス、エボラ出血熱、SARS(サーズ)について紹介する予定である。
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