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2023年度 「生物科学特論F8」

(*注意:このノートは2019年度版ですが更新予定はありません。CLEの配付資料と一緒に講義の参考として使ってください)

<はじめに>

「光合成による光エネルギー変換」という話題で、連続3回にわたり講義します。光合成生物がどのように光エネルギーを化学エネルギーに変換しているかについて、そのメカニズムを説明することにしています。1985年に紅色細菌反応中心の立体構造が明かされて以来、今まで数多くの光エネルギー変換に関連するタンパク質の立体構造が報告されてきました。光合成反応は他の研究分野に類を見ない、きわめて学際的な研究領域であり、生化学、分子生物学、有機化学、物理化学などを専門とする研究者が一同に会し、先端な研究を協調的に遂行しています。講義では教科書レベルの基本的な説明とともに、最近の研究成果などについても論文をもとに紹介していく予定です。

*以下の講義ノートはしばらく更新できていませんが、参考にしてください。申し訳ありませんが、2年に1回の集中講義ですので本年度も更新予定はありません。

注意:講義ノートには著作権があります。第三者への譲渡、営利目的は遠慮ください。

第1回

「光合成反応」
(1)光エネルギー変換過程の概要
1)イントロダクション
光合成とは何か
光合成の歴史(進化)における地球環境への働きかけ
光合成の場:植物葉緑体のチラコイド膜
光合成によるエネルギー変換機構の概略
  キーワード:励起エネルギー移動、電荷分離と電子移動、化学浸透圧説
光合成初期過程の時間スケール:フェムト秒からマイクロ秒


2)光の性質

 光は電磁波であり、我々人間に見える光(可視光)はごく限られた波長領域(400-700nm)に過ぎない。光合成ではこの可視光のうち、おもに青色領域と赤色領域を利用する。それゆえクロロフィル色素(植物葉)は緑色に見える。この光の吸収度合いを波長に対してプロットしたのが吸収スペクトルである。吸光度と溶質濃度との間には、ランバート・ベールの法則が成り立つ。
 光は波とともに粒子としての性質をもつ。基本事項である「Plankの法則(光子1個のもつ光エネルギーは光の振動数に比例し、波長に反比例する。)」、最重要事項である「光化学等量則(1個の光量子photonは1個のクロロフィル分子を励起する;ただしここでいうphotonとは1個の分子を励起するに足るエネルギーを持つという意味で使用していることに注意。)」についてしっかりと理解をしておくことが大切である。また光を吸収して励起状態となった色素分子(クロロフィルやカロテノイド分子)はさまざまな過程を経てエネルギーを失い、基底状態(S0)へもどる。励起状態には第1励起状態(S1)、第2励起状態(S2)等があるが、これは吸収される光子のエネルギーによって決まる。S2状態以上に励起された分子は内部転換によってきわめて短時間のうちにS1状態に移る。その後、S1状態からS0状態への遷移には二つあり、一つは蛍光放出をともなう過程であり、他は発光(蛍光)をともなわない無放射遷移によってエネルギーを失う過程である。この無放射遷移には色素分子間のエネルギー移動も含まれ、最終的に初期電荷分離にも関与している遷移過程である。また蛍光として放出されるエネルギーは、実際に色素分子が吸収したエネルギーよりも小さくなる。これは吸収した光エネルギー(S1状態の励起エネルギーに相当)の一部は複雑な色素分子がもつ様々な官能基の回転や振動エネルギーとして失われるためである。したがって色素分子の放出する蛍光は、吸収した光の波長よりも長波長側に若干シフトしたピークをもつ。
「ランバート・ベールの法則(Lambert-Beer’s law)
 入射光の強度をI0、透過光の強度をI、溶質の濃度をc、光路長をLとすると、
  A = log10(I0/I) = εcL
が成り立つ。ここで、Aを吸光度(absorbance)、ε(イプシロン)をモル吸光係数と呼ぶ。吸光度は溶質の濃度に比例することに注意。この式の算出方法、および分光器の原理については、配布資料をもとに理解を深めておくが望ましい。最近では分光器の価格を下げるために、より安価な回折格子が大量生産されているが、分光機器としての性能を重視するならばプリズムを使用する方が感度のよい測定が可能となる。(課題1)を解くことにより、理解を深めて欲しい。



第2回

(2)反応中心タンパクの構造と機能
1)アンテナの構築原理
 光合成生物は巨大な光エネルギー捕集器官(アンテナ系)を構築することにより太陽からの光エネルギーを高効率に捕らえ、最終的に反応中心へと伝達することができる。まさしく漏斗(ロート)のように光エネルギーを反応中心へと流し込むような仕組みになっているため、このような考え方は”funnel concept”と呼ばれている。自然界において、緑葉中のChl分子は1秒間に10個のphotonを吸収することができる。つまり0.1秒に1回の光反応であるが、励起エネルギー移動の速さ(100fs〜1ps)を考慮すると、0.1秒は永遠に近い時間である。それゆえ、光合成(光化学反応による還元力生成)の効率を上げるための究極の戦略を、光合成生物は獲得したと言える。

a. 紅色細菌のLH2、LH1、RC-LH1
 光合成生物のもつ代表的なアンテナ系のについて紹介した。
LH2
 1995年に報告されたRhodopseudomonas acidophilaのLH2は、ダイマー(2量体)を形成するαβサブユニットがリング上に9個並ぶという、非常にきれいなものであった。続いて1996年に報告されたRhodospirillum molischianumのLH2も同様にリングを形成していたが、αβサブユニットがリング上に8個並んでいた。いずれにしても、詳細な立体構造が明らかとなったことにより、エネルギー移動のメカニズムの詳細について量子論を用いて理論的に解釈されるようになった(不完全励起子モデル)。
LH1
 1998年に報告された2次元結晶の電子顕微鏡による画像解析から、大きなリング(αβサブユニットがリング上に16個並ぶ)を形成し、その中央には反応中心(RC)が存在すると考えられた。しかしながら1999年に報告された膜標品(LH2欠損株から単離された膜標品)の画像解析から、2個のLH1が対にってS型を形成し、一部のリングが欠けているように観察された。それゆえ、リング形成はタンパク質の可溶化、再構成(ばらばらになったαβサブユニットをリング上に再構成すること)によるartificialな産物ではないかという疑念が生じた。

2)反応中心の構造と機能
 反応中心は大きく2つのタイプ(キノンタイプとFeSタイプ)に分けられる。キノンタイプ(タイプ2)には紅色細菌型反応中心および光化学系2、FeSタイプ(タイプ1)には緑色イオウ細菌型反応中心および光化学系1が含まれる。これらの名称の由来は末端電子受容体としてキノンをもつのか、あるいはFeSをもつのかによるものであるが、実は両者は構造的・機能的に関連性が深い。進化的には光化学系2の祖先型は紅色細菌型反応中心、光化学系1の祖先型は緑色イオウ細菌型反応中心と考えられている。しかし進化のどのような段階で、紅色細菌型と緑色イオウ細菌型が一つの細胞(シアノバクテリア)の中に組み込まれ、b6f複合体によって繋がった非循環的電子伝達経路を構成するようになったのかはよく分からない。
a. 紅色細菌型反応中心
 紅色細菌型反応中心については1985年、詳細な立体構造が報告され、光反応中心の研究が大きく進展した。ちなみに紅色細菌型反応中心は膜タンパク質として世界で最初にX線結晶構造解析が成功した事例であり、1988年にはノーベル化学賞を受賞している。この余りにも速いノーベル賞受賞は、光化学反応中心の構造解析が与えたインパクトが当時としては絶大であったことがうかがえる。この構造解析がきっかけとなって電子移動メカニズムを原子のレベルで理解できるようになり、まさしく生物学、化学、物理学が融合する学際的研究が進展していったわけである。これまで机上で議論されていた電子移動理論(後で触れるが理論そのものは1960年代に提出されている.)はかろうじて合成化合物により検証されていたに過ぎないが、この紅色細菌型反応中心をモデルとする生体反応系にも適用可能なことが見事に示された。また反応中心内の電子伝達成分であるキノンは1電子還元を受けてセミキノン型、2電子還元を受けてキノール型となり、それぞれQA、QBサイトで機能している。このキノールはQBサイトから解離(遊離)し、膜の中を移動していき、b/c複合体で酸化されることが分かっている(*キノン(キノール)は脂溶性の電子伝達成分であり、細胞膜中を泳ぐようにして移動することが可能である。)。この際、細胞質側でプロトンを取り込むことによって生じたキノール(QH2)は、b/c複合体で酸化されるとペリプラズム側にプロトンを放出する。このことは結果的に膜内外のΔpH形成に携わっていることを意味する。前回のRC-LH1の立体構造にも関連するが、RCを取り囲むLH1リングの一部が欠け、還元型QH2(キノール)の通り道となっていることが示唆されている。未同定のWサブユニットが、キノールの運び屋として機能しているのかも知れない。
b. シアノバクテリアの光化学系1および2
 シアノバクテリア(Synechococcus elongatus)由来の光化学系1および2については2001年初頭、相継いでその立体構造が同一グループ(ドイツ・マックスプランク研究所)から報告された。タイプ1および2の反応中心の電子伝達成分を配位するタンパク質(コアタンパク)は、互いの一次構造上のsimilarity(homology)は低い(10-20%)のにも関わらず(similarityは全くないと過言ではない)、フォールヂング・モチーフはきわめて類似している。含まれる電子伝達成分の空間配置も全く同様であり、ほぼ対照的な2方向の電子移動経路を構成しているのが特徴である。このことは進化的にはすべての反応中心が同一起源であることを強く示唆している。またタイプ2反応中心では2つの電子移動経路のうち一方のみが使われていることが分かっている。光化学系1では一方のみが機能しているというグループと2方向の電子移動経路(major pathwayとminor pathway)を主張するグループが対立している。主張を異にするグループはそれぞれ別の生物種由来の反応中心(RC)標品を使用しており、統一的な見解が出てくるまでにはもう少しの時間が必要であろう。授業では個々の電子伝達成分の機能、性質等、詳細な説明をしなかったが、参考文献をもとに自分で学習し、理解を深めておいてもらいたい。
 光化学系2の酸素発生系は、太陽エネルギーから無限の化学エネルギーを得る方法としても注目されている 昨年(2004年)はじめに、別グループ(イギリス)から同じシアノバクテリアに由来する光化学系2の高分解能解析が報告され、水分解系に関与するMnクラスターの詳細な立体構造が明らかとなった(下図参照)(実はイギリスのグループは1998年に8.5Åの構造を出していたが,2001年にはドイツのグループに負けたかに見えていた.しかしながらそれでも諦めずに,より高分解能データーを出してきたことに敬服するばかりである.彼らの研究の執念を感じたのは私一人ではないと思う.)。これまで多くのモデルが提唱されてきたが、Mnのcubaneモデルの変形型であるMn3CaO4という構造をとり、4個めのMnは酸素原子と結合できる距離に存在していた。酸素発生の分子機構を説明する「S-stateモデル」(2分子のH2Oが(4光子により)4電子酸化を受けて1分子のO2が放出されるというモデル)について解説しながら、Mnクラスターの酸化還元状態との対応づけが今後の大きな課題となっていることを述べた。
(補足)
 光化学系2反応中心については、本年、日本のグループが1.9Å分解能の構造を報告し、S1状態のMnクラスターの構造がはっきりとした。講義では水分解メカニズムについて、構造をもとに推察されている事項について講義した。

c. 高等植物の光化学系1
 2003年には高等植物(Pisum sativumまめ科植物)の光化学系1の立体構造も報告されるに至った。シアノバクテリアでは3量体を形成していたが高等植物では単量体であった。高等植物にのみ見いだされていたPsaHサブユニットがちょうど3量体形成を阻害するような位置に存在し、その反対側の複合体周辺にはアンテナタンパク質Lhca1〜Lcha4が存在ししていた。最近、葉緑体のstate transitionsがホットな話題となりつつあり、state IIではLHC IIタンパクがリン酸化され系1反応中心にまで移動し、PsaHサブユニットと結合するという報告がある。このあたりのことは、前回の講義で説明した。生化学的解析、および単粒子の画像解析から、ほぼ間違いのない事実である。今後、そのメカニズムの詳細が明らかとなってくるものと思われる。その他、PsaGはLhca1と強く相互作用しているのが特徴であり、またシアノバクテリアにも存在していたPsaFサブユニットのN末端が伸張し、可溶性のプラストシアニン(銅を含む電子伝達タンパク質で酸性タンパク質である.)と結合しやすいようにLys-richなプラス電荷をもつ。

3)化学浸透圧説
 これまで講義してきたように、「光合成による光エネルギー変換」により還元力NADPHとATPが作り出される。特に葉緑体におけるATPの生成は、ミトコンドリアでの呼吸による酸化的リン酸化反応に対して、光リン酸化反応と呼ばれる。このリン酸化反応は、チラコイド膜を挟んで形成されたプロトンの電気化学ポテンシャルを利用することにより進行する。チラコイド膜を挟んでプロトンの濃度勾配が形成される反応には、3種類存在する。1)水の分解によるH+の放出、2)b6/f複合体によるキノール酸化に伴うH+放出、3)NADP還元(NADPH生産)によるH+の取り込み、である。これらのうち、1)、3)はプロトンのスカラー量的移動、2)をプロトンのベクトル量的移動、ということはすでに上で説明した。チラコイド膜を挟んでプロトンの移動が実際に起こっているのは2)の反応のみである。
Gibssの自由エネルギー変化は、「(膜を挟んで)異なる2点間での化学反応を伴わないイオンの移動に必要な仕事量」、として定義される。つまり、ある濃度差に逆らって(あるいは従って)移動させるときの仕事量(化学ポテンシャルから定義される量)とある電位差に逆らって(あるいは従って)移動させるときの仕事量(電気ポテンシャルから定義される量)の和である。講義でも少し説明したが、平衡状態のとき(自由エネルギー変化Δu = 0)には、膜電位は膜内外のイオン濃度差により一義的に決めることができる。例えば神経細胞の非興奮時には、Kの膜電位は細胞内外の濃淡電池として説明されることを思い出して欲しい。電気化学ポテンシャルとは、イオンのような荷電をもつものの動きをよりダイナミックに表現する手法なのである。Mitchellはこの電気化学ポテンシャルの概念をミトコンドリアおよび葉緑体の生体膜研究に導入し、プロトン駆動力(protonmotive force)そのものがATP生産のエネルギー源となることを提唱した。ここで注意すべきは、このプロトン駆動力の式が指し示す意味は、「プロトン濃度勾配がゼロ(ΔpH = 0)でも膜電位による電荷勾配さえあれば、ATP合成反応が駆動する」ということである。



第3回

(3)反応中心タンパクにおける電子移動機構
 電子移動が起こるためには二つの条件が必要である。第1の条件は電子供与体(ドナー)と受容体(アクセプター)の電子波動関数の重なりができなければならない。この電子波動関数に関係する項を電子因子という。第2の条件は電子が移動するときには原子核の運動により始状態のエネルギーが終状態のエネルギーに一致しなければならない。この原子核の運動に関係する項を核因子という。
 Marcusの電子移動理論によると人工系、生体系を問わず、電子移動速度定数kは電子供与体(D)と受容体(A)の電子共役因子(κ:カッパと読む)とフランク・コンドン因子(FC)の二つに比例する。
  k = 2π(κ)(FC)/h 
κは電子移動が起こるときのDとAの波動関数の重なりに依存し、DとA分子の端から端までの距離rの指数関数で減衰する。このことは、波動関数そのものの重なり度合いが距離に関係する因子であることから直感的に理解できるであろう。
  κ =κ0 exp[-β(r-r0)] 
βは減衰の程度をあらわす係数であり、r0は二分子の最近接距離(約3Å)である。βはD-A間に存在する物質で決まり、タンパク質では約1.4Å-1、D-Aが共有結合した化合物の場合はおよそ0.7Å-1という値が実験的に得られている。
 フランク・コンドン因子は、反応系と生成系の核波動関数の重なり度合いを意味し、反応の前後で核の反応座標が一致する確率を表す。反応の自由エネルギー差(-ΔG)と再配置エネルギー(λ)が一致したときに最大になる。またFCは、-ΔGがλより小さくても(normal region)、大きくても(inverted region)小さくなると期待される。
  FC = (4πλkBT)-1/2 exp[-(ΔG+λ)2/4λkBT] 
λは電子が移動する際に系全体が誘電緩和するのに必要なエネルギーで、D-A分子の核の再配置エネルギー(λin)と、まわりの溶媒(タンパク質)の再配置エネルギー(λout)の和となる。一般に、D-A分子が大きいほどλinは小さく、溶媒の誘電率が小さいほどλoutは小さい。
 近年の高速分光法による電子移動の研究、特に架橋化合物D-Aでの研究成果はこれを実証し、量子論的な取り扱いが進められている。反応中心(紅色細菌型反応中心や系1型反応中心)においてもキノン分子(QB)の入れ換え・再構成実験から、生体反応系への適用が確認されている。

(4)多様なアンテナ系と光適応機構
1)多様なアンテナ系

a. 緑色イオウ細菌のFMOタンパク
 7分子のBchl aをもつFMOタンパクが3量体を形成し、自らがアンテナとして機能するとともに、クロロゾームからRCへのエネルギー移動の経路となっている。水溶性色素タンパク質であることが特徴である。
b. 植物葉緑体LHC-IIタンパクおよびLhaタンパク
 系II複合体周辺のLHC-IIタンパクはαへリックスが膜を3回貫通する構造を持ち、3量体を形成する。また系I複合体周辺の4種類のLhaは、複合体の半円周上にそれぞれ1個ずつ存在している。
c. シアノバクテリアのフィコビリゾーム
 αβサブユニットが円盤状の3量体を形成し、円筒形を形成するように積み重なっているのが特徴である。個々のαβサブユニット内には3分子の色素(フィコビリン色素:開環テトラピロールの総称)がシステインのSH基とチオエーテル結合している(αサブユニットに1分子、βサブユニットに2分子が結合)。
d. 渦鞭毛藻のperidinin-Chl aタンパク(PCP)
 2分子のChl a、8分子のperidinin(ペリディニン)を結合するタンパクが3量体を形成している。渦鞭毛藻は昆布などの褐藻類と同じく、二次共生藻類に属している。


2)光適応機構
 光に限らず、広く環境応答によって光合成装置の劇的な変化が生じる。講義ではおもに照射光の波長による変化について解説した。
a. 植物のstate transitions
 光化学系Iがおもに吸収するような700nmの光(PS I light)を照射すると、光化学系IIからの蛍光が増大し(State 1)、逆に光化学系IIがおもに吸収するような650nmの光(PS II light)を照射すると、光化学系Iからの蛍光が増大する(State 2)。これは1970年代前後に報告されていた現象で、state transitionsと言われる。植物の光合成電子伝達系は2種類の光化学系が直列に繋がることで構成され、お互いに協働的(協調的)に駆動することが最大活性の維持に必要である。そのために2つの光化学系の間で励起エネルギーのアンバランスが生じた場合、それを解消するためのエネルギーのre-distribution機構が存在している。PS II lightが照射されるとアンテナタンパク質のLHC-IIはリン酸化を受け、光化学系IIから光化学系Iへ移動し、逆にPS I lightが照射されると脱リン酸化を受けて光化学系Iから光化学系IIへ戻ることが分かっている。このようなリン酸化、脱リン酸化はb6f複合体(正確にはキノンプール:Q-pool)の酸化還元状態によって調節されているとされているが、現在も尚、詳細な機構は不明である。
b. シアノバクテリアの光適応
i)short-term adaptation
 植物と同様に、赤色光(PS I light)、青色光(PS II light)照射による励起エネルギーのre-distribution機構が存在している。3つのモデル(mobile model、spillover model、detachment model)が提唱されているが、現在はmobile modelとspillover modelの2つの機構が協調的に働いていると考えられている。
ii)Long-term adaptation
 short-term adaptationは数秒から数分で生じる現象であるが、赤色光(PS I light)あるいは青色光(PS II light)をずっと照射し続けると、数時間から数日の時間を費やして光合成装置が適応していく現象が観測される(Long-term adaptation)。よく知られている現象に、PS I/PS II量比の変化と、補色適応(Chromatic adaptation)がある。つまり赤色光を照射し続けるとPS I/PS II量比は小さくなり、逆に青色光では大きくなる。これはPS IIの絶対量は変化しないが、PS Iの合成量変化により調節されていることが分かっている。補色適応はフィコビリゾームの色素としてフィコエリスリン(青色光を吸収する色素)をもつシアノバクテリアで観察され、青色光では合成が促進、赤色光では阻害され、シアノバクテリアそのものの色が大きく変化する。
c. その他の環境適応
i)ヘテロシストを形成するシアノバクテリア
 一部のシアノバクテリア(アナベナAnabaena、ノストックNostoc)では、窒素源としてアンモニアのある培地から窒素源のない培地に移されると、ヘテロシスト(異質細胞heterocyst)と呼ばれる細胞に分化する。このような細胞はニトロゲナーゼという酵素を発現するようになり、空気中の窒素ガスをアンモニアに還元し生育のための窒素源として利用できる。またヘテロシスト内の光化学系IIは消失し、細胞は循環的電子伝達系により還元力を作り出している。ニトロゲナーゼは酸素に不安定であり、水を分解して酸素を発生する光化学系IIの消失は合目的な戦略である。一方、もとの通常細胞は栄養細胞(vegetative cell)と呼ばれる。
ii)渦鞭毛藻の日周期
 渦鞭毛藻は日周期(サーカディアンリズム:circadian rhythm)をもつ。夜の海の波間に漂う渦鞭毛藻が青白く光っているのは、発光タンパク質・ルシフェラーゼをもつためである。昼夜のリズム(12時間のlight on-off)で培養すると、TCAサイクルの中間産物量がサーカディアンリズムを示すことが最近、報告されている。また葉緑体も昼と夜で、その形態を大きく変化させる。夜の葉緑体は核周辺に凝縮し、チラコイド膜の密に積み重なったstacking構造が観察されるが、昼間は細胞全体に分散し、チラコイド膜も2-3枚がstackingするだけである。このような昼夜の劇的なチラコイド膜構造の変化に伴い、光合成装置がどのように変化しているのかは不明であり、今後の興味深いテーマである。
d. 鉄欠乏下で誘導されるRC-アンテナ超分子複合体
 シアノバクテリアは集光性アンテナ装置としてフィコビリゾームをもつが、鉄欠乏下で集光性タンパク質IsiA(isiA: iron-stress-induced gene A)が誘導される。このタンパク質はCP43'(CP43-like protein)とも呼ばれ、光化学系II反応中心のアンテナタンパク質としても機能しているCP43と類似している(一次構造上のsimilarityが存在する)。このIsiAが鉄欠乏下、光化学系I反応中心(三量体である)の周りにリング状に取り囲むという超分子複合体を形成する。その生理学的意味はよく分からないが、PS I/PS II比は3から1に変化し、PS Iの集光性能が増大することから、光合成活性を高めるための生き残り戦略なのであろう。あるいはPS IIのphotoprotectionとして働いているのかも知れない。実験室内の培養においては鉄は欠乏することはないが、自然界においては(特に海洋)鉄分というのは環境変動によって枯渇する状況が起こるようである。さらに原核緑藻では、鉄欠乏下、IsiAと類似したPcbアンテナタンパク質が誘導され、同じように光化学系I反応中心の周りを18個のPcbアンテナタンパク質で取り囲むという超分子複合体を形成する。興味深いことに、このPcbアンテナタンパク質は、弱光下で培養すると、二量体を形成した光化学系II反応中心の両端に4分子ずつ(合計8分子)結合したような超分子複合体を形成していることも報告されている。まだ研究領域としては発展段階であり、この先、どのように展開していくのか楽しみである。




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