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生物学序論(医歯薬専用)  2023年度版(随時更新していきます)

*注意*このノートは2022年度版をもとに更新作業をしていきます

<はじめに>

 2019年度から「生物学序論(医歯薬専用)」を担当しています。2019年度から新カリキュラムがスタートし、「生物学序論」は前講義タイトル「マクロ生物学」の名称が変更された科目です。しかし私にとっては医歯薬の学生さんに生物学基礎を教えるという新たな挑戦です。講義内容については前任者の担当内容と大きく変わらないように配慮しながら、私が2018年度まで担当してきた「現代生命科学の基礎」の講義内容を再編していきたいと考えています。もちろん指定教科書である「生物学入門」(東京化学同人)の内容を踏まえつつ、これから専門課程で学ばれる内容への橋渡しとなるように少し深みのある話題を提供することができるように努力していきたいと考えています。
 2020年度から2022年度の3年間は、新型コロナ感染症への対策で、本講義はオンライン講義として提供していました。世界が未だかつてない危機的状況(パンデミック)にさらされている中、大学に入ったばかりの新1年生の皆さんが、学生の本分である勉学に打ち込むのは大変な苦労があったことと思っています。2023年度に入学された皆さんの学年からは、ようやく対面講義が開始されることになりました。これから始まる大学での勉学では、今までの学習スタイルを大きく変え、自らが課題を見つけ、そして解決していく姿勢が大事となってきます。私が新入生の皆さんにいつも訴えていることは、模範解答が1つしかない『設問解答型』学習から、解決方法が幾通りもある『問題解決型』学習へと切り替えて下さい、ということです。そういう意味で本講義は今後4年間の勉学のための準備期間、トレーニング期間とも言えます。
 このWEBページに記載している「生物学序論」の講義ノートは、これまで私が取り組んできたいろんな講義をまとめる形で記載していますので、あくまでも指定教科書を基本にしながら参考として読んで下さい(特に第1回は膨大な量となっていますし、第4回は加筆していく必要があります)。また決して完成版ではなく(ところどころ古い内容や間違い、誤字脱字もあるかと思います)。今後、時間を見つけては随時、加筆・修正していく予定です。そのためにも学習する皆さんからのフィードバックも期待しています。
 講義では、毎回、CLEから課題を提出してもらうことにしています。生物学の基礎をしっかりと学び、専門課程への踏み台としてください。
 また「番外編」の"新型インフルエンザによるパンデミック"については、参考として読んだ頂ければ幸いです。
(その他の参考図書)
Essential 細胞生物学(南江堂)、Brock微生物学(オーム社)、ヴォート基礎生化学(東京化学同人)、ほか随時提示

講義の配布資料(カラー版)は「大阪大学CLE」から入手可能です。
テストのお知らせ: 今年度は期末テストを実施します。
注意:講義ノートには著作権があります。第三者への譲渡、営利目的の利用は遠慮ください。

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第1回


1. 「細胞は生命の基本単位である」
(1)生命体の特徴
 生命の構成単位の基本は「細胞」である。今回の授業では、生命体である細胞がどのようにして地球上に誕生し、細胞という概念がどのように成立してきたかを概観する。まず最初に生命体としての細胞が如何に出来たかについて化学進化説を簡単に紹介した。原始大気を模した混合ガス(水素、メタン、アンモニア、一酸化炭素、二酸化炭素)に紫外線照射と放電を繰り返すことで、生命に不可欠な有機物(原始スープ)ができあがる(ミラーの実験:1953年)。オパーリン(1894-1980:ロシアの生化学者)は、この原始スープが袋状のものの中に取り込まれ(コアセルベートと呼ばれる)、初期の生命もどき(細胞)が誕生したと提唱している。地球上には35億年前に生命が誕生したと言われるが、これは古い岩石の地層中に見いだされている微化石の観察から推測されている(電子顕微鏡下でしか観察できない生命活動由来の有機物の固まりが、ちょうど糸状体微生物のような形をとどめている.)。
 生命の起源を探るための研究は、何も地表に露出している最古の地層を調べるだけではない。最近では深海底の地殻を掘削する計画が進められている。そこには太古の地球上に、最初に生命が誕生した当時の環境がそのまま現存していると思われるような場所があるからである。300度を越すような熱水の噴出口(熱水鉱床と呼ばれる)がいたるところに存在し、100度近い熱水中に生息する微生物(好熱細菌)や、還元イオウ(硫化水素)を酸化してエネルギーを取り出す代謝系をもつ生物(チューブワーム)が見つかっている。深海底は今まで推測されてきたような死の世界ではなく、熱水鉱床周辺には暖かな海域が広がり(温度は30度前後とも言われている)、非常に豊かな生態系が形作られているということが分かってきた。そのような環境に生きている生物の進化はほとんど止まり、生命初期の形質をそのまま維持した生き物が存在していると考えられているからだ。原始生命体の成立過程を探っていく上で、貴重な情報を私たちに提供してくれるのではないかと期待されている。
 さらに出来上がった生命体(特に体細胞生物)の特徴について以下、6つにまとめておきたい。代謝:環境から化合物を取り込み、それらを細胞内で変換し、老廃物を環境へ排出する。このように細胞は一見閉じた空間内で生命活動を営むが、実は開放系である。増殖(成長):自分自身の合成(複製)に必要な一連の生化学的反応を自立的に行う。遺伝形質の継承も子孫を残す上で重要であ(ここでは「細胞の増殖」=「同一遺伝形質の細胞の増殖」と同じ意味としておく)。分化:生活環の中で、増殖・分散・生存に必要な構造体を形成する。情報交換:外界からの化学的(化学物質等の)情報に対して、応答する。移動:多くは生存のために動くことが可能である。進化:進化の過程を通して、生命体(生物)は新しい生物学的性質を産み出していく。さらに細胞には2つの側面がある。1つは細胞内で様々な化学反応をつかさどる化学的機械としての働きがある。特に触媒として働く酵素は、特異的に化学反応速度を促進するタンパク質である。一方、細胞は遺伝情報の貯蔵・子孫への継承を担う暗号化装置としての働きをもつ。細胞内に蓄えられている遺伝情報(DNA)は複製、転写、翻訳されることにより世代を超えて生命活動が維持されていく。

 ウィルス(virus:英語の発音に注意)は細胞としての特徴を持っていない。生物学辞典等には便宜上、生物として分類されていはいるが、厳密な意味では「生命(生物)」として定義できる範疇ではないと(個人的には)考えている。ウィルスは外界と区別する殻を有するが、その区画内には代謝系を持つことがないのが最大の理由である。皆さんはどう考えるでしょうか。

(2)細胞生物学の成立
 17世紀にレンズの製作技術が大幅に進歩し、レーウェンフック(オランダ人)というアマチュア顕微鏡製作者が水の中にいる微生物を最初に見つけた(1680年)。またロバート・フックは自作の光学顕微鏡でコルク片の中に見いだされた空洞の小部屋を観察し、これを細胞(cell)と名付けた。それ以来、さまざまな細胞が観察されていったが、細胞生物学という独立した学問体系が成立したのは19世紀半ばにドイツのシュライデン(植物細胞を観察)、シュワン(動物細胞を観察)による出版物によるとされている。さらにフィルヒョー(ドイツ)による「すべての細胞は細胞から」という観察結果は“細胞説”(細胞はすべて細胞の分裂によって生じる)の確立へとつながった。これは当時、パスツール(フランス)による“自然発生説”の否定と相俟って、広く受け入れられるようになった。パスツールが行った実験(白鳥の首形のフラスコに肉汁を入れ、これを十分に加熱するならば、いつまでたっても微生物が生じないことを実験的に証明)は現代の滅菌技術にも通じるものがあり、しっかりと理解しておくことが望ましい。缶詰や多くの食品保存にも応用されている。
 また光学顕微鏡はおおよそ0.2-200マイクロ(μ)メートルの細胞および細胞内器官を観察することができる(倍率は約1000倍まで可能)。しかしそれ以下の微小な細胞内器官の構造を詳細に観察しようとすると、1930年に発明された電子顕微鏡の技術が必要となる。細胞観察に使用する長さの単位(ミリ(m):10-3、マイクロ(μ):10-6、ナノ(n):10-9)は覚えておく必要がある。
 さらにこの時代は、「微生物が病気を引き起こす(病原体説)」という概念の成立した時期でもあった。パスツールの業績は、当時の人々に微生物というものの存在を認識させ、コッホ(1876年)は病気の人から健常人に移ると考えられていた伝染性物質(病原体)が微生物であることを実験的に示した。現在でもコッホの条件(3原則)と呼ばれている基準は、特定の病気を引き起こすことを照明するための条件として使われている。つまり、1.その生物は、その病気に患っている動物に常に存在し、健常なものには存在していない。2.その生物は、動物体外で純粋培養されなければならない。3.その培養物は、感受性のある動物に接種した場合に、特徴的な病状を示さなければならない。4.その生物は、これらの実験動物から再び単離して研究室で培養でき、その結果得られたものは、元の生物と同じものでなければならない。3と4は3つ目の条件として統一されて、コッホの3原則とも言われている。コッホはこの条件を用い、炭そ菌、結核菌、コレラ菌の発見を行っている(1905年にノーベル生理医学賞を受賞)。


(大阪大学総合学術博物館を見学しに行こう)
 阪急石橋駅から阪大坂を上ってくると、すぐに真正面に目に入ってくる建物が、大阪大学総合学術博物館である。もともとこの建物は、大阪大学付属医療技術短期大学(3年生)の講義・実習棟であったが、医学部保険学科(4年生)として改組されて吹田キャンパスに移った。跡地を有効利用しようということで博物館構想が持ち上がり、2005年度にオープンした。江戸時代の懐徳堂と適塾をその前進とする大阪大学の歴史や、待兼山周辺の貴重な里山標本、理科系中心として発足した大学であるがゆえの古い研究機器類等、が展示されている。入館料は無料で、建物内には軽食喫茶もあるので是非、訪れて欲しい。今日の授業で紹介した、レーウェンフックの作った顕微鏡のレプリカや、コッホの使用した顕微鏡(実物)等も展示されている。

(Coffee Break:科学史をひも解く)
 コレラは1830年代から1860年代までのヨーロッパ全域に流行した伝染病であったが原因の特定ができない状態だった。1883年にエジプトで流行したコレラはわずか2,3ヶ月のうちに6万人が死亡するという規模であった。当時はちょうど帝国主義幕開けの時代であり、このエジプトでのコレラ流行は、イギリス・ドイツ・フランス各国が原因究明のために、独自の調査団をこぞって現地に派遣するきっかけになった。折りしも1882年にエジプトを保護国としたばかりのイギリスにとって、このコレラ流行は統治上の責任問題に発展する出来事であり、逆にドイツ・フランスにとっては国威巻き返しのチャンスとしても利用された。コッホもドイツ調査員として派遣されたが、残念ながらエジプトでの調査では原因となる病原菌を特定することはできなかった。またこのことはコレラを単なる風土病とみなしたいイギリスにとって非常に都合のよい結果であった。しかし当時としては認識されはじめていた病原体同定の条件(コッホの条件)の正当性を証明したいコッホは、調査継続を政府に願い出た。そして彼は次にインドへ赴き、まさしくコレラ菌と思われる病原菌をようやく発見するに至った。ほどなくコレラは南フランスで猛威を振るい始めたが、コッホはインドと同じアジアコレラ菌であると断定を下すことになる。このようにスエズ運河によってインドからヨーロッパにコレラ菌が持ち込まれたことが科学的に証明されたことは、イギリスの国威を失墜させ、新興国ドイツの国益に大きく寄与する結果となった。

(3)いろいろな顕微鏡の紹介
 細胞は顕微鏡という道具を使うことによって、その微細構造を観察することができる。通常、細胞観察で使用する顕微鏡といえば明視野顕微鏡のことを思い浮かべる人も多いと思うが、現在使用されている顕微鏡にはさまざまな種類があり、観察する対象物(細胞)・目的によって使い分けている。一般に光学顕微鏡には、明視野光学系、位相差光学系、微分干渉光学系、暗視野光学系がある。ふつう学生実習等で使用するのは明視野顕微鏡であり、標本に下方から光を照射し、その透過光(像)を2枚のレンズ(対物レンズと接眼レンズ)で拡大して観察する仕組みになっている。倍率の上限は1500倍程度であり、分解能は約0.2μmである。1000倍以上の高分解能で観察する場合は油浸レンズを使用する必要がある。実際の観察においては、左右上下が逆転する。授業でも説明したが、これはレンズが結ぶ像がどのようになるかを考えれば分かるであろう。
 位相差顕微鏡は細胞を通過する光線の屈折率の違いを利用し、コントラストが高くなる。微分干渉顕微鏡は照射光として平面偏光を利用し、コントラストが高くなると共に表面の凹凸がくっきりとなる。暗視野顕微鏡で観察した像の明暗は、その言葉通り、ちょうど明視野顕微鏡と逆になる。これは光を側面から入射しするので、レンズに届く光は試料による散乱光となるためである。また最近の細胞生物学分野では蛍光顕微鏡、さらにその原理を応用した共焦点(レーザー走査)顕微鏡がよく使われるようになった。細胞の特定部位を蛍光色素で染色し、励起光を照射することによって出てくる光(蛍光)を観察するような仕組みになっている。共焦点顕微鏡は試料内の特定の垂直な層にレーザー光線(励起光)の焦点を合わせるような仕組みになっている。それゆえ、垂直方向にスキャン(走査)することによって、3次元的イメージを構築できるのが特徴である。さらに原子間力顕微鏡(AFM)は、細い針のようなプローブを試料に近づけることにより、その間に生じる反発する弱い原子間力を利用する手法である。細胞表面の凹凸像を詳細に解析することが可能となる。一方、電子顕微鏡は電子を試料に照射するやり方であり、電磁石がレンズの代わりを担う。透過型と走査型の2種類があるが、透過型は基本的には光学顕微鏡と原理は同じである。走査型は試料に照射した電子の反射を観察する手法で、対象物を立体的に観察することが可能である。

(4)原核生物の特徴
 原核生物(細菌)はその言葉通り、細胞内に核を持たない生物であり、細胞質中には膜に包まれた特殊な器官は存在しない。大きさは通常0.5-2μmであり、その形状は球菌(Coccus)、桿菌(Rod)、らせん菌(Spirilum)、繊維状細菌(Filamentous)などさまざまである。分子生物学の黎明期、現代の遺伝学の基礎を築き、いわゆる細菌のモデル生物としてさかんに研究された大腸菌は桿菌に属する。何故、微生物は小さいのだろうか?その生理学的意義について考察しておくことは重要である。講義の最初のところで、生命体の特徴として代謝を挙げた。生物は常に外環境から栄養物を取り込み、老廃物を排泄する必要がある。この場合、小さな細胞ほど、その体積当たりの表面積の比率が大きくなり、外環境とのやりとりが効率的になるのは自明である。また細胞内部は特殊な輸送システムは存在せず、栄養物・老廃物はすべて拡散によって運ばれる。細胞内運搬速度は細胞の代謝と成長速度に大きく影響する。仮に拡散速度(運搬速度V)が大小の原核細胞で同じであったとしても、ある物質を運ぶ場合、より小さな細胞ほど目的地までの距離は短く(L1:小さい細胞< L2:大きい細胞)、到達時間はL1/Vの方が早くなる。したがって小さな細胞ほど代謝活性は高くなるのは容易に理解できるであろう。大腸菌が最適環境で生育する場合、その世代時間は約20分である。
 また細菌を取り囲む膜構造には2種類あり、外膜を持つものをグラム陰性菌、外膜を持たず分厚いペリプラズム(ペプチドグリカン層:ペプチドと糖鎖からなる高分子)を持つものをグラム陽性菌、と呼ぶ。これはグラム染色法という細菌の染まり方に基づく命名方法であるが、クリスタルバイオレットという色素は分厚いペリプラズムに沈着することに起因する。つまりグラム陽性菌はクリスタルバイオレットによって濃い青紫色に染色される。
 2005年のノーベル医学生理学賞は、ピロリ菌を発見したオーストラリア人2名に授与されることが決定された。2人は1979年、胃炎患者の胃粘膜に、小さな未知の細菌(ピロリ菌)が存在するのを発見した。従来、胃炎や胃潰瘍・十二指腸潰瘍は不摂生な食生活(生活習慣病)やストレスが原因と考えられてきたが、ピロリ菌によって引き起こされていることが明らかになった。新しい細菌を見つけただけではなく、今までの既成概念と治療方法を大きく変えてしまう画期的な発見であったことは疑う余地はない。現在では、胃内部の洗浄と抗生物質・胃酸分泌を抑制する薬等の投与によって、短期間の治療で済む病気となっている。また胃内部は強酸環境(pH1くらい)であり、それまでは微生物は存在し得ないと考えられていた常識を覆すことになった。ピロリ菌は酸を中和する酵素を持ち、強い酸性の胃酸から身を守っていたのである。


(補足1)病原性大腸菌による食中毒
 7年前(2011年)のGW連休中に、ある焼き肉チェーン店で集団食中毒が発生した。原因は「ユッケ」と称する生肉を食し、肉の表面に付着していた病原性大腸菌に感染したためである。通常、大腸菌は人間の腸内にも普通に存在する腸内細菌の一種である。しかし世の中には著しく人間の健康を損ねる大腸菌が存在し、それがO-111やO-157のような名称で呼ばれる大腸菌である。大腸菌はグラム陰性菌で、その外膜はリポ多糖で覆われている。リポ多糖は別名、O(オー)抗原とも呼ばれ、その構造体にはいくつか種類(型)があり、それが111型であったり157型であったりする。2011年の食中毒発生の原因となった大腸菌は、111型のO(オー)抗原(リポ多糖)をもった大腸菌という意味である。このO(オー)抗原(リポ多糖)は、人間の免疫系で異物として認識された場合、体はその応答反応として内因性の発熱物質(タンパク質)を放出する。このこと自体は体温を上げることにより、細菌増殖を抑えようとする体の防御反応と考えれれている。このようなO(オー)抗原(リポ多糖)は内毒素とも呼ばれ、病原性の大腸菌や赤痢、サルモネラ菌等の外膜にも存在している。一方、今回のO-111で話題になっているベロ毒素は大腸菌が菌体外に放出する毒素タンパク質のことで外毒素とも呼ばれるものである。このベロ毒素は細胞のタンパク質合成を阻害するために、細胞死を招いて組織障害を引き起こし、大腸粘膜の破壊・炎症による下痢や出血、あるいは尿毒症などの症状が現れる。腎臓や脳に達すると重篤な状態に陥ることは容易に推測できるであろう。このベロ毒素はタンパク質性であるので、加熱処理によって完全に無毒化することは可能である。
 さらにこのベロ毒素はシガ毒素とも呼ばれる。1970年代にアフリカミドリザル由来の「ベロ細胞」を壊すのでベロ毒素と命名された。しかし1980年代になり、このベロ毒素は19世紀に志賀潔博士が発見した赤痢菌のシガ毒素と同じであることが判明した。現在は、この赤痢菌のシガ毒素の遺伝子が、菌に感染するウィルス(ファージ)によって大腸菌に移ったと考えられれている。

(5)微生物の増殖と世代時間
 微生物が十分に増えきった培養液を別の新鮮な培養液に植え継いだとき、遅延期(細胞の順応期)を経て細胞が著しく増殖する時期がやってくる。この時期は対数増殖期と呼ばれ、各細胞が盛んに二分裂しているときであり、培養液中の細胞数は指数関数的に増殖する(2のn乗で増殖する)。講義でも説明したが、この時期の細胞増殖曲線を横軸を時間、縦軸を細胞数の対数で描くと直線性を示す。得られたグラフから細胞数が2倍になる時間を簡単に求めることができ、この時間を世代時間として定義している。大腸菌であるならば約20分であり、ある種の光合成細菌であるなら約3時間という値が求まる。微生物は対数増殖期を経た後、定常期(細胞数が一定の時期)に入る。これは培養液中の栄養が枯渇し、また微生物が排泄する物質により増殖が阻害されるためである。そしてやがては死んでいき、培養液中の細胞数は徐々に減少していく(死亡期)。

(世代時間の計算式)
N = N0 x 2n、N0:初期時間の細胞数、n:世代数
この式は
logN = logN0 + nlog2 と変換できる。したがって
n = 3.3 x (logN - logN0)
この式の意味するとことは、細胞数がN0からNに増えたときにどれくらいの世代数が経っているかを表している。つまり細胞数がN0からNに増えたときの時間をtとすると、世代時間gは
g = t/n
で求まる。


(6)真核細胞の特徴
 真核細胞に存在する膜で包まれた小さなコンパートメント("区画"の意)の機能について講義していく。細胞は核の有無により大きく2つに大別される。一つは原核細胞(prokaryote)で核を持たない。もう一つは真核細胞(eukaryote)で遺伝情報をつかさどるゲノムDNAが核と呼ばれる特殊な膜構造の中に存在している。この核膜には核膜孔と呼ばれる物質の出入りのための穴がたくさん存在し、小包体膜とつながっているのが特徴である(両者の膜がつながっている理由として、核膜と小包体膜はもともと同一起源であり、細胞膜がくびれて生じたとするとする説がある.)。このように真核細胞には、さまざまなコンパートメント、つまり細胞内小器官(オルガネラ)がある。核もその一つであるが、それ以外の代表的なものとしてミトコンドリア、葉緑体、小包体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキソームがある。それぞれの機能について、理解を深めていくための講義をした。
 ミトコンドリア、葉緑体は太古の昔(約20億年前)に、それぞれ真核細胞に好気性バクテリアおよびシアノバクテリア(らん藻)が細胞内共生することにより誕生した。それゆえミトコンドリア、葉緑体は独自のゲノム(共生当時のゲノムからは余分な遺伝子はなくなり、かなりスリムになっている.)を現在も持っている。細胞内共生説の正しさは形態学的特徴だけではなく、近年のゲノム解析からも証明されている。またミトコンドリア・ゲノムは母系遺伝であり、その遺伝子解析は血縁関係(ルーツ)を調べるための非常に有効な手法である(*なぜミトコンドリアは母系遺伝なのか、考えてみよう.)。さらにリボソームは細胞内小器官ではないことに注意するべきである。電子顕微鏡では小包体膜に付着している粒子が観察されるが、あくまでもタンパク質合成装置(タンパク質とRNAから構成されている分子装置)であり、膜で包まれたコンパートメントではない。おそらく「タンパク質合成の場」というふうにまる暗記してしまっているために、何かの細胞内小器官と勘違いする学生が多いような気がする。
 細胞質で合成されたタンパク質が輸送される場合、その経路は主に3つある。(1)核膜孔を通る輸送、(2)膜(ミトコンドリア、葉緑体、リソソーム、ペルオキソーム)を通る輸送、(3)小包による細胞外への輸送、である。合成されたタンパク質の目的地(行き先)は、そのアミノ酸配列で決まる。N末端(タンパク質のアミノ末端側)にはシグナルペプチド(15-60個のアミノ酸配列からなるペプチド断片)と呼ばれる領域が含まれていて、それによってタンパク質は特定の細胞小器官に運ばれる。それゆえ、本来は葉緑体に輸送されるタンパク質に、ミトコンドリアに輸送するためのシグナルペプチドを遺伝子工学的にとりつけた場合には、そのタンパク質はミトコンドリアに輸送されてしまう。このような手法・解析により、シグナルペプチドおよびタンパク質の細胞内局在性に関する研究は1980年代に大きく進展した。またどの輸送経路においても、タンパク質を膜内に取り込むためのタンパク輸送体が存在し、シグナルペプチドを厳密に認識する。タンパク質が核の中に取り込まれるときは、核膜孔と呼ばれる特殊な穴を通る。核膜孔複合体は約100種類のタンパク質から構成され、核移行受容体とともに核内に取り込まれる。この際、成熟タンパクの立体構造は保たれたままである。しかし核以外の細胞小器官に取り込まれる際にはタンパク質の構造がほどけていることが必要であり、輸送後、シグナルペプチドは切断され、特定の立体構造を持つ成熟タンパク質に変化する。さらにこれらの取り込みにはエネルギー(ATPやGTP)を必要とするのが特徴である。
 細胞には細胞内外の不要物を分解する仕組みがある。細胞外の粒子(細菌等)や巨大分子は細胞膜がくびれることによって細胞内に取り込まれる。これを食作用(エンドサイトーシス)という。このようにして取り込まれた粒子や分子はリソソームに運ばれ、様々な加水分解酵素により分解を受ける。細胞内で不要になった(古くなった)ミトコンドリアも同様に小包体膜に取り囲まれ(自食作用)、最終的にはリソソームで分解を受け、構成分子はリサイクルされることになる。肝細胞ではミトコンドリアを飲み込んだような自食胞がよく見受けられる。このように細胞は絶えず外部と物質交換を行いながら生命活動を維持していることを理解して欲しい。リソソーム内に存在する40種類ほどの加水分解酵素(タンパク質や核酸、オリゴ糖、リン脂質などを分解する酵素)は、リソソーム内の酸性環境(約pH5)で最大活性を示す。それゆえ、万一、膜が破れて酵素が漏れ出しても、酵素の至適pHが酸性なので、細胞質(約pH7.2)の内容物は被害を受けることはない。
 細胞質には細胞骨格と呼ばれるタンパク質繊維が縦横無尽に走っている。これらはアクチンフィラメント(収縮力発生、筋細胞に見られる)、微小管(細胞分裂装置)、中間径フィラメント(アクチンフィラメントと微小管と中間の太さ、細胞内の機械的強度を保つ)である。カナダモの葉やムラサキツユクサのおしべの毛などの細胞で、葉緑体や核が一定方向にゆっくりと流動するのが観察される(原形質流動)。この輸送にはエネルギーが必要であることは、植物細胞で観察される原形質流動が、明所から暗所に移すと停止してしまうことからも理解できるであろう。照度を変化させることによっても原形質流動の速度は変化する。実はこれら葉緑体や核は、細胞骨格(微小管)に沿って動くある輸送体によって運ばれている。しかしながらどのような目的で原形質流動が起こるのかという、生理学的意義は未だに不明である。  

(補足1)人類のイブとは?
 授業で説明したように、ミトコンドリアは母系遺伝である。それゆえ、我々のミトコンドリアDNAの塩基配列情報を調べれば、母方のルーツをたどるこことが可能となる。一世代や二世代だけではない、人類のルーツさえ系統学的に調査することもできる。実際、もう20年近く前になるが(2000年頃に)科学誌ネーチャーだったと記憶するが、人類(ヒト)はアフリカで誕生したという記事が掲載された。今まで化石学的証拠から恐らく人類は約20万年前にアフリカで誕生したと考えられていたが、DNAという遺伝情報からも裏付けられたことになる。さらにごく最近、クロアチアの洞穴から発掘された4万年前のネアンデルタール人女性の骨片を使い、ゲノム配列(遺伝情報)を調べたところ、アフリカを出て欧州、アジア等へ拡散していった人類とはゲノムの1-4%がネアンデルタール人由来であることが報告された。ネアンデルタール人は約40万年前に欧州で現れ、約3万年前に絶滅したとされるが、アフリカを出た初期のヒトは約10-5万年前に中東あたりでネアンデルタール人と出会い、限定的に交雑し、その後、欧州やアジアに広がったと考えられる。現生人類とヒトは生物学的には交雑可能と推測されていたが、今回の報告はその推測を裏付ける発見である。

(補足2)細胞内共生による葉緑体の誕生
 葉緑体は過去(約15億年前)に光合成細菌(原核性藻類;シアノバクテリアの類)が好気性真核生物(原生動物の類)にエンドサイトーシス(飲食作用)により取り込まれることにより成立したと考えられている。最初はおそらく食物として取り込まれていたものと推測されるが、そのうちに共生関係が成立し(内部共生)、遺伝子のいくつかを核に移す(葉緑体は核支配を受けている)ことにより細胞内器官の一つとして進化してきたものと思われる。この細胞内共生を支持する証拠には4つある。つまり、1)葉緑体が原核生物のリボソームタンパク質やリボソームRNAなどをもっている、2)灰色植物が葉緑体の2枚の包膜の間に原核生物特有の細胞壁であるペプチドグリカンをもつ特に灰色植物では葉緑体の2枚の包膜の間にペプチドグリカンをもつ、3)葉緑体内には独自のDNAが存在し、シアノバクテリアの遺伝子と多くの相同遺伝子を含む、4)分子系統学的解析(16S rRNA)からの支持、である。特に2つ目のペプチドグリカンの合成遺伝子は現存のシアノバクテリアも共通してもつことが分かっている。細胞内共生が地球上の豊かな生態系、とくに多様な植物界(特に藻類の世界)を作り上げたと言っても過言ではない。また一次共生、二次共生と葉緑体膜構造(二重膜、四重膜)との関係について理解を深めておくことが望ましい。つい最近、共生の初期段階の姿をとどめていると推測される生物の発見があった。鞭毛虫の一種で「ハテナ」と名付けられたこの生き物は、和歌山県や福岡県の砂浜で見つかった。自分の体より10分の1ほど小さな緑藻を捕食するが、自身の細胞内で消化することはない。取り込まれた緑藻は鞭毛虫の細胞全体に広がるように大きく成長し、緑藻がもともと持っていた眼点(ピレノイドと呼ばれる赤い粒子)も複数個に増え、鞭毛虫は走光性phototaxisを示すようになる。さらにこの葉緑体もどきに分化した緑藻を取り囲む膜は、共生の結果と考えられるような4重膜となっている。しかしながら細胞分裂後には、緑藻を保持したままの細胞と、もとの無色の細胞とに分裂し、細胞分裂そのものは同調することはない。もとの無色の細胞は捕食器官が再生されており、次の世代にはまた新たに緑藻を捕食すると考えられている。この鞭毛虫は今のところ実験室内での培養に成功しておらず、その詳しい生態は不明である。少なくとも一旦は共存関係を結んだ鞭毛虫と緑藻の間では、何らかの情報交換が行われているらしい。共生関係が成立していく過渡期にどのようなことが起こったのかを研究していく上で、非常によいモデルとなることが期待されている。

 (7)細胞分画法
 細胞器官(オルガネラ)の種類とそれぞれの機能について説明してきたが、ここで細胞分画法について簡単に紹介した。これは遠心分離(遠心力)の原理を利用して、各細胞器官をそれぞれの重さの違いにより分ける手法であり、細胞分画法は、細胞生物学のみならず、生化学的・分子生物学的研究法の基本操作である。細胞の破砕方法としてはおもに、(1)超音波処理(破砕)、(2)ホモゲナイザーによるすりつぶし、(3)界面活性剤による細胞膜破砕、(4)フレンチプレス(高圧処理)、がある。フレンチプレスは細胞試料をシリンダー内の高圧環境下に置き、細いノズルを通して外に押し出す方法である。細胞内圧が高圧状態に保たれたまま外に放出されるために、外界の急激な圧力変化(減少)によって細胞は破裂(バースト)する。その後、細胞破砕液は遠心用試験管に移し、遠心分離機により重い(大きい)画分から順番に分けとっていく。これは遠心操作を繰り返しながら、毎回その速度を高めていくことにより、重い細胞画分から分別していくことが可能となる。細胞器官(オルガネラ)の働きについては、このようにして分離された細胞器官の成分(酵素など)を調べることにより研究されている。細胞成分である高分子化合物(タンパク質やDNA等)はさらに、速度沈降法、平衡沈降法などを使用する超遠心分離機により分離することが可能である。速度沈降法では遠心管にショ糖の濃度勾配を作成し、その上に試料を重層させた後、遠心による沈降速度の違いで分離する手法である。当然、軽いものほどゆっくりと沈降し、重たいものは速く沈降すする。細胞成分は分離してそれぞれのバンドを形成するので、遠心管の底に穴をあけ分取する。平衡沈降法では遠心管にショ糖や塩化セシウムの濃度勾配を作成するが、試料をその勾配中に分散させておく。遠心中、細胞成分は自身の密度と一致する領域まで勾配中を移動して平衡に達することになる。この分離方法は特にDNAやRNAの分離に有用である。1926年スベドベリは、超遠心分離機を設計し、それを生命科学へ応用した。これにより彼は翌年(1927年)、ノーベル賞を受賞している。

(8)モデル生物
 分子生物学で利用されてきたモデル生物について概説した。細胞はさまざまな形と機能(はたらき)をもつが、物質的基盤(化学構成成分と物理化学法則)はすべて同じである。それゆえ、ある目的の観察・研究のために生物(モデル生物)を適切に選ぶならば、その成果は普遍性をもつものとして応用・展開していくことが可能となる。過去から現在まで多くの研究者(特に分子生物学者)に使われてきたモデル生物について、それらの特徴を紹介するとともに“どういう目的で使われるようになったのか”を説明した。遺伝学の黎明期にはもっぱら大腸菌がモデル生物として利用され、それによって遺伝学の基礎が確立した。また酵母は固い細胞壁と核、ミトコンドリアをもつ真核生物であり、細胞周期の研究に欠かせない研究材料である。その他、多細胞生物である植物の研究ではもともとは雑草であったシロイヌナズナが使用されている。8-10週間という短い期間で世代交代され、ゲノムの解読も終了している。顕花植物のモデル生物として、植物の分子生物学、発生生物学の研究材料として利用されている。動物界の代表選手は昆虫のキイロショウジョウバエ、線虫、ほ乳類のマウスが挙げられる。特にキイロショウジョウバエは古典的な遺伝学材料(組み換えの研究にも使われている)でもあり、細胞分化や発生のメカニズムを解析するのに優れたモデル生物である。体の頭部、胴体、脚、はね、眼への分化はよく研究されている。線虫は細胞系譜の研究が評価され、2002年にノーベル賞受賞の対象となったモデル生物である。雌雄同体は959個の細胞から構成され、まるで時計仕掛けのように正確に分裂・分化していく。体や卵殻が透明なため微分干渉光学顕微鏡を用いると生きたまま観察することが可能であり、1個の受精卵からどのように959個の細胞へ分裂・分化していくか、詳細に調べられている(細胞系譜)。またマウスはほ乳類のモデル生物であり、遺伝学、発生学、免疫学等の研究に用いられてきた。ヒトと共通な遺伝子をもつために、医学的にも非常に注目されている。近年ではヒトとチンパンジーのゲノム解析も終了し、99.9%以上が同じであると言われている。これほどまでに似通ったゲノム構成なのに、何がヒトとサルとを分け隔てているかは大きな問題であり、最近では脳内遺伝子発現パターンや遺伝子の発現様式(発生時の遺伝子が発現する順番等)が異なると報告されている。遠からずヒトとサルを区別する遺伝的メカニズムが解明される時が来るのかも知れない。

(補足)
 分子生物学で用いられてきたモデル生物について補足的に説明しておく。線虫(体長約1ミリ)の研究は、それまで単細胞生物を使った遺伝学的研究を多細胞生物に切り替えていく契機にもなった。2002年、シドニー・ブレンナー、ジョン・サルストン、ロバート・ホルビッツの3名にノーベル医学生理学賞が贈られた。シドニー・ブレンナーは線虫の受精卵が分裂して959個の成体(雌雄同体)細胞に至る全系図、「細胞系譜」を完成させた。ジョン・サルストンは一定の細胞分裂・増殖の過程で、必ず死ぬ細胞を見つけ、遺伝的に決定されていることを明らかにした(プログラム細胞死の発見.アポトーシスやガン研究に関連する重要な発見であった.)。さらにロバート・ホルビッツは、その原因遺伝子を同定した。受賞対象となった仕事に続き、ジョン・サルストンは発生を制御する多数の遺伝子を次々に同定し、それらを遺伝子地図上に描きあげるという偉業を成し遂げている。このような手法は当時としてはきわめて斬新であり、私自身、25年前、大学院に入ったばかりの時にそのような話を聞き、その深い意味は全く理解することはなかった。「一本の竿で魚を釣り上げるような時代に、池の水をなくして根こそぎ捕ろうとするようなものである。」とのある研究者のコメントが示すように、誰も思いつかなかった手法である。この地図作りの技術はそのまま遺伝子配列読み取り技術の基礎となった。90年にヒトゲノム計画のテストケースとして線虫が選ばれ、8年後、多細胞生物として初めてそのゲノム解析が終了した。ここで開発されたゲノム解析ソフトや研究体制のシステムはそのままヒトゲノム解析に役立ったという。こうして線虫に比べ約30倍のゲノムサイズを持つヒトゲノム解析が21世紀初頭に完了するわけである。今やチンパンジーのゲノム解析も終了し、ヒト遺伝子とわずかな違いしかないことが判明した。果たしてヒトと霊長類を分けるのは何なのか?今後の研究の発展に期待すること大である。
 また日本人にはなじみの深いメダカが、バイオ研究の最前線に躍り出るという時代がやってきた。もともと日本固有の種であり、学名もMedakaで世界に通用している(学術論文もMedakaである)。古くから研究されており、系統関係もはっきりとしている固体が保存されている。このメダカを用い、生物学の基礎研究だけではなく、医学や環境分野でも実験動物として注目されている。1994年にはスペースシャトルで宇宙にも行ったし、1998年頃からは環境ホルモン研究に採用されている。特に2001年には透明メダカが誕生し、生きたまま内臓を観察できるようになった。内臓の仕組みはヒトとほぼ同じであることから、医薬品の開発や病気の研究にも有用である。

(9)クローン技術からiPS細胞まで

 クローンとはギリシア語の”Klon”=小枝に由来し、同じ遺伝形質(遺伝型、ゲノム)をもつ生物個体群をさす。したがってツバキなどのような挿し木もクローンであり、当然、一卵性双生児もクローンである。しかしながらヒトの親子関係は決してクローンではない(ヒトの染色体は二倍体である)。世間では良くも悪しくも「AはBの言いなりである、そっくりである」という批判的な意味を込めて「AはBのクローンである」という言い方をするが、これは生物学用語としては完全に間違った使用方法であることに注意すべきである。
 1997年2月、世界中に衝撃を与えたニュース、クローン羊”ドリー”の誕生、が報道された。これは年齢6歳の羊の乳腺上皮細胞を採取し、3-6世代の細胞培養を行った後、貧栄養条件下に移すことで細胞分裂を休止させた。この細胞から核を取り出し、それをあらかじめ核を除去した卵細胞に電気融合で移植させると、移植核がリセットされ発生の第一段階が開始されたというものである。この方法によってうまく電気刺激により融合した細胞は277個であり、このうち29個が子宮へ移植可能な桑実胚・胚盤胞にまで発育した。そして13頭の羊の子宮に戻した後、わずか1頭の子羊、ドリーが誕生したという。このことはこのクローン技術そのものが、かなり成功率の低いことを示しており、そう簡単にはクローン人間は誕生しそうにもない。さらにこうして誕生したドリーは、羊の平均寿命(11-12年)の半分しか生きられなかった(6歳7ヶ月で死去)。染色体を調べてみるとテロメア(細胞の老化と関連)に異常が見いだされたと報告されている。果たしてクローン動物は短命なのか?今後の研究の進展を待たねばならない。しかしながらクローン技術には、「優れた動物のコピーの大量生産」、「希少動物の種の保存」、「医薬品への応用」、「臓器移植への応用」など、人類にとって計り知れない恩恵を与える可能性がある。
 実はこのクローン技術の成功がもたらした成果は、細胞のもつ遺伝情報に関してもっと重要な事実を明らかにした。それは、たとえ高度に分化した細胞でも遺伝情報をリセットできる(持っているゲノム情報は受精卵のもつ情報と同じである)、ということである。それまでは特定の遺伝子だけが発現するのは、必要性がなくなった遺伝子を細胞が捨ててしまう(あるいは不可逆に変化してしまう)せいではないかとも考えれていた。遺伝情報がいつでもリセットされうるという発見は、臓器移植医療の技術革新をもたらすと期待されているES細胞の開発、さらにはiPS細胞の作成へとつながっていった。
 ES細胞とはEmbryonic Stem Cellのことで日本語では「胚性幹細胞」と呼ばれる。一般に幹細胞(かんさいぼう)とは、分裂増殖によって別の機能を持つ細胞になることができる特殊な細胞で、骨髄、さい帯血、胎盤、毛根、筋肉にも存在している。なかでも胚性幹細胞(ES細胞)が最も万能性が高いとして注目されている。ES細胞は、受精後5-6日目の胚盤胞の細胞の塊から、細胞をほぐして1個1個の細胞をシャーレで培養することにより得られる。もともとES細胞は未分化の細胞で、神経細胞、心筋細胞、すい臓ベータ細胞、赤血球、白血球、骨細胞、筋肉細胞、皮膚細胞など、様々な細胞に分化する能力を持っている。このようなES細胞から、将来、自在に身体の各部位を作り出せるようになれば、現在の臓器移植問題は容易に解決できる夢の医療である。しかし現状では、幹細胞研究は、実際の治療に使えるレベルには達していない。また現段階では、実験動物の幹細胞研究が主で、ヒト幹細胞の培養にはたいがい動物の成分を使って培養されている(つまりこのままでは、ヒトに移植すると拒絶反応を起こしかねない.)。ヒトの受精卵を使った実験・研究はどこまでゆるされるのであろうか?受精した胚(初期の赤ちゃん)を殺して(切り刻んで)細胞を取り出すようなものであることから、倫理上の問題が無視できない。
 こういう中で2007年12月、大きく新聞報道されたのが京都大学・山中伸弥教授のグループが作成したiPS細胞(induced pluripotent stem cells、人工多能性幹細胞あるいは誘導多能性幹細胞)である。彼らの業績に対し、2012年、ノーベル生理医学賞が授与されたので、皆さんにとっても記憶に新しいことだと思う。彼らは体細胞に4種類の遺伝子を導入することにより、ES細胞に似た分化万能性(pluripotency)を持たせることに成功した。これにより、受精卵やES細胞をまったく使用せずに分化万能細胞を単離培養することが可能となり、理論上、体を構成するすべての組織や臓器に分化誘導させることができるはずである。免疫拒絶のない移植用組織や臓器作成が期待され、従来のES細胞に関する倫理的問題の抜本的解決にもつながり、一気に再生医療の実現へと動き出すかのように世界中が注目している。では山中伸弥教授のグループは、どのようにiPS細胞を作成したのであろうか。彼らははまず、マウスがもつ約2−3万と言われる膨大な数の遺伝子の中から、ES細胞のみで発現している約100の遺伝子をリストアップし、そして次に、特にES細胞の分化万能性維持に重要な転写因子24個に注目、それを4つの遺伝子(さらにはガン遺伝子関連を除外した3つの遺伝子)に絞り込んでいったのである。足掛け4年半の作業であった。iPS細胞は、患者自身の細胞を用いて薬を評価したり、病気の解明の研究につながるなど、全く新しい医学の分野が生み出される可能性がある。
 iPS細胞の研究・技術開発は日進月歩であり、世界中の研究者がしのぎを削りながら日々多くの報告がなされている。2009年には(4月24日付け新聞報道)、山中らが最初に報告した4つの遺伝子を大腸菌に組み込むことでタンパク質をつくらせ、それらを、マウス胎児の細胞に入れたところ、万能細胞(iPS細胞)ができたとの報告があった。ガン化の危険性が低いことが期待され、今後の研究進展が楽しみである。iPS細胞の研究は、これからまだまだ発展途上にあり、近い未来において夢のような医療技術が確立されるかもしれない。
(補足)
 また話は変わるが、2004年4月、単為発生マウスの誕生が報じられた。これは生まれたマウスの両親が両方とも母親であり(つまり単為生殖が成功した)、それぞれ別々の雌マウスに由来する卵細胞から取り出した核を融合させるという技術である。従来、ほ乳類では雌雄のゲノム(核)が融合しなければ次世代の生物個体は誕生しないというのが常識であった。その理由は、融合するそれぞれのゲノムに雌由来であるか、雄由来であるかの印が存在し(インプリント遺伝子と呼ばれる)、それを目印として融合(受精)が起こるからである。今回は変異マウスを作成し、雌由来のゲノムなのに雄由来の印がつくようにしたところ、野生型の雌マウス由来のゲノムと融合(受精)した、というものである。実は鳥類までは雌のみで次世代を生産することが可能であり、ほ乳類は進化の中で雄の存在を確保するための戦略としてこのような仕組み(インプリント遺伝子;刷り込み)を獲得したものと考えられている。この技術により、将来、優秀な雌を用いた家畜育種・生産が可能になるものと考えられている。
  

第2回

  
2.生体エネルギー論の基礎
 生命の特質は細胞内の秩序を生み出し、維持していくことである。細胞が生きていくためには、エネルギーを必要とし、環境から得たエネルギーと原子(多くの生物は食物分子として取り込む)を用いて秩序をつくりだしていく必要がある。細胞内で起こる様々な反応は、熱力学的パラメーター(酵素の反応速度論および自由エネルギー変化)をもとに理解すると分かりやすい。今回からは、「生体エネルギー論の基礎」について講義していく。

(1)代謝の概説
 代謝経路とは「特定の生成物にいたる一連の酵素反応」をいう。代謝反応はおおよそ2000種以上知られているが、それぞれの反応には別々の酵素が触媒する(基質特異性は厳密である)。ある生きものの全酵素の反応リスト(代謝マップ)を作るのは大変な作業であり、どの生きものについても完璧なものをつくることは不可能である。代謝経路の多くは枝分かれし、相互に複雑なつながり方をしている。代謝には2つの大きな方向性があり、食物分子を分解してエネルギー(ATPやNADHまたはNADPH)をつくり出す異化経路、エネルギーを用いて細胞構築用の分子をつくり出す同化経路である。多くの場合、分解生成物は炭素2個のアセチルCoAであり、多くのいろいろな物質(糖、脂質、アミノ酸)はこの共通中間体を経て、さらに酸化経路で代謝されていく。生命活動の維持のためには定常的なエネルギーの取り込みが必要であり、代謝経路を理解するには酵素反応論を理解することが前提となる。

(2)熱力学第1・第2法則
 熱力学第2法則では、「宇宙(閉鎖系)では乱雑さの増す(エントロピーの増大する)方向に変化していく」とされる。しかし細胞は常にエネルギーを外部から取り入れることにより、秩序を維持(エントロピーを減少)しようと努めている。これが可能であるのは、細胞は化学反応の過程でエネルギーの一部を熱として環境中に放出しているからであり、その結果、細胞と環境とを合わせたエントロピーは増大することにより、熱力学第2法則の要請は満たされている。細胞が取り込むエネルギーは動物であれば他の生物がつくった有機分子を食物として摂取し、植物ならば太陽エネルギーを用いて有用な化学エネルギーに変換する。熱力学第1法則はエネルギー保存の法則であり、この法則は「エネルギーは相互に変換可能であり生成消滅することは決してない」ことを意味している。生物(細胞)が外界から摂取するエネルギー(あるいは吸収する光エネルギー)の一部のみが生きていくための(秩序を形成するための)エネルギーとして利用され、残りは熱エネルギーとして放出される。しかし、この放出された熱エネルギーがあるために、外界(環境)のエントロピーは増大することになる。このように第1法則は第2法則と密接に結びつくことにより、細胞内の秩序形成に役立っている。
 外界(物質海)、細胞内(孤立系)、および全体のエントロピー変化をそれぞれΔS1、ΔS2、ΔSTとすると、以下の関係が成り立つ。

    ΔST = ΔS1 + ΔS2 = -ΔH/T + ΔS2

 ここでΔHは細胞内のエンタルピー変化(熱エネルギー変化)を表し、単位はJ/molである。(*細胞内のエントロピー変化は熱エネルギー変化と温度T(絶対温度である)の関数として表される。このあたりのことは熱力化学の簡単な教科書で説明されているので参照して欲しい。)つまり発熱反応のときはΔH < 0 となり、吸熱反応のときはΔH > 0 となる。さらにGibbsの自由エネルギー変化は以下の式で定義され、自発的に進行する系の反応ではΔG < 0 となる。

    ΔG = -TΔST

(3)自由エネルギー変化
 ある酵素反応がエネルギー的に起こりやすい反応であるかどうかは、自由エネルギーの変化(ΔG)で決まる。エネルギー的に起こりやすい反応(自発的に進行する系の反応)はΔG<0のときであり、エネルギー的に起こりにくい反応はΔG>0のときである。この自由エネルギー変化は、「反応の進行により宇宙全体で生み出される乱雑さの尺度」とも解釈することが可能である。従って「負のΔGは乱雑さを生み出す」とも言い換えることができる。
 ここで重要な事柄は、「連続して起こる酵素反応では、ΔGを加算することができる」という点である。つまりエネルギー的に起こりにくい反応(X -> Y:ΔG1>0)とエネルギー的に起こりやすい反応(Y -> Z:ΔG2<0)とを共役させ、ΔGtotal<0の時には反応が進行し、X から最終産物 Z が出来上がる。
 ある反応の進む方向は、自由エネルギーの変化量(ΔG)によって決まる。ΔGは以下の式で定義されている。

    ΔG = ΔG0 + RT ln [B]initial/[A]initial   R:気体定数、T:絶対温度

 ΔG0は標準自由エネルギーと呼ばれ、反応が平衡に達したとき(ΔG = 0)、平衡定数K = [B]equi/[A]equi により一義的に決まる値である(equi: equilibriumの意味)。逆にΔG0の値から、反応が平衡に達したときのAとBの濃度比(平衡定数K = [B]equi/[A]equi)を求めることができる。ここで重要なのは自由エネルギーの変化量(ΔG)は、反応開始前のAとBの濃度比で決まるということである。いくらΔG0が負の値でも、[B]initialが大過剰に存在すれば、B -> A の反応は理論上、起こりうることを示している。酵素反応はあくまでも可逆なのである。*このGibbsの自由エネルギーの概念は初めて学ぶ人にとっては、かなり難解である。特にΔGの定義式は、(1)初期状態(AとBの濃度比)から反応の方向性を議論することも可能であり、また(2)平衡状態に達した後に平衡定数(AとBの濃度比)を求めることも可能である、ということが理解できないようである。授業でも解説したが、[A]と[B]の意味が(1)と(2)のケースで異なっていることに注意して欲しい。かく言う私自身も、混乱していた学生の一人である。恥ずかしながら、この授業を担当するようになって、ようやく理解できるようになってきた。
 連続して起こる酵素反応では、ΔGを加算することができることについてはすでに述べた。つまりエネルギー的に起こりにくい反応(X -> Y:ΔG1>0)とエネルギー的に起こりやすい反応(Y -> Z:ΔG2<0)とを共役させ、ΔGtotal<0の時には反応が進行する。しかしこの場合においても、反応が平衡に達した時のX, Y, Zの量比は、平衡定数で定義されるとおりで、K1 = [X]equi/[Y]equi、 K2 = [Y]equi/[Z]equiある。重要なことは、酵素(触媒)は活性化エネルギーを下げることができても(反応速度を上げることができても)、最終的な平衡状態は変化しないことを理解すべきである。


(4)共役反応系を利用した縮合反応
 食物の酸化によって得られたエネルギーは、細胞が必要とするときまで(生合成反応に利用されるまで)一時的に貯蔵される必要がある。これには通常、活性型運搬分子という化学結合エネルギーを蓄えることのできる分子が使われ、代表的なものには、ATPやNADH(NADPH)がある。その他、アセチルCoA、カルボキシル化ビオチンがある。すでに触れた事柄だが、連続した2つの共役反応系では、エネルギー的に起こりにくい反応X ->Y(ΔG10>0)を、エネルギー的に起こりやすい反応Y -> Z(ΔG20<0)により駆動させることができる(ただしΔGtotal0<0)。しかし生合成反応(縮合反応)ではエネルギー的に起こりにくい反応による産物(例えばA-B)を最終的に必要とする場合がしばしばある。
    A-H  +  B-OH -> A-B + H2O (ΔG0>0 )
 生物はこのような場合にも共役反応系を利用した巧妙な手法を編み出している。まずATPを用いて高エネルギー結合をもつ反応中間体(B-0-PO3;高エネルギー中間体としてのリン酸化合物)をつくり、これが開裂することによるエネルギーでもって縮合反応を推し進めている。これが細胞内での生体高分子合成反応(縮合反応)の原理・原則であり、グルカゴン(デンプン)、タンパク質、核酸などの生合成経路において重要な役割を担っている。しかしながら核酸(RNA、DNA)合成においては、2個のATPが加水分解されることによって生じた高エネルギー中間体としてのヌクレオシド三リン酸が単に開裂するだけではエネルギーは不足し、反応は進行することができない。それゆえ高エネルギー中間体としてのヌクレオシド三リン酸からはまずピロリン酸が遊離し、さらに遊離したピロリン酸が2分子のリン酸基に開裂する。このようなヌクレオシド三リン酸の2段階にわたる加水分解反応により、約2倍のエネルギー(ΔG = -26 kcal/mol)を引き出すことを可能としている。

(5)分子間結合の平衡定数
 分子間相互作用の結合強度の目安は平衡定数で定義される。
    A + B  ->  AB    結合速度 = kon x [A] x [B]  (kon:結合の速度定数)
    A + B  <-  AB   解離速度 = koff x [AB]    (kofff:解離の速度定数)
    [A]、[B]、[AB]、はA、B、AB分子の各濃度
 平衡状態では、結合速度 = 解離速度となり、平衡定数は以下のように定義される。
    kon x [A] x [B] = koff x [AB]
    [AB] / [A][B] = kon/koff = K =平衡定数
 したがって平衡定数が1より大きい反応ほど、平衡は右にずれる(反応が進行する)ことがわかる。また標準自由エネルギー差との関係は、平衡定数が10倍変化するごと(大きくなるごと)に1.4kcal/mol減少する。式で表すと、以下のようになる。
    ΔG0 = -RT ln K = -RT ln [AB]/[A][B]

(6)酵素の活性化エネルギー

 酵素は化学反応の障壁(活性化エネルギー)を低くする触媒である。試験管内の化学反応では、酵素がない場合には活性化エネルギーを熱として外部から与える必要があるが、酵素が存在すると、分子の揺らぎによる熱エネルギーでまかなえるくらいに、その障壁は低くなる。分子のエネルギーレベルは波間に漂う浮き草のように常に揺らぎながら変動している。そしてある一定の揺らぎレベルを超えた浮き草だけが防波堤を乗り超える。同じように、ある一定以上の活性化エネルギーEaをもつ分子だけが反応を進行させることができ、その速度定数kは「アーレニウスの式」として以下の式で定義される。

    k = A e -Ea/RT   A: 頻度因子、Ea:活性化エネルギー、R:気体定数、T:温度

 ここで e -Ea/RT はボルツマン分布因子と言われ、活性化エネルギーEa以上のエネルギーをもつ分子の割合を示す。従って活性化エネルギーが減少すると反応できる分子数の割合が増大し、結果的に反応速度が増大することを意味する。温度Tの上昇によっても反応速度は増大する。さらに「アーレニウスの式」は

    ln k = ln A - Ea/RT

と変換することができる。この式の意味するところは、X-Y座標においてX軸を1/T、Y軸をln kにしてプロットするならば、傾きが-Ea/Rとなるということである。Rは気体定数なので、傾きから活性化エネルギーをもとめることが可能となる。実際にある酵素反応の活性化エネルギーを求めるには、温度Tに対する反応速度(速度定数)を求め、それをプロットすればよい。

  
(7)酵素による反応速度論
 酵素による触媒反応はきわめてその特性が高い。またあくまでも触媒であり、酵素自身は変化することはない。反応機構の詳細はそれぞれの酵素の立体構造をもとに議論されるべき事柄であるが、反応進行のエネルギー障壁(活性化エネルギー)を最小にするために遷移状態と呼ばれる特別な状態が存在する。これは基質結合部位周辺の原子の配置や電子の分布状態を変化させ、基質分子の構造的ゆがみにより反応が起こりやすくさせる状態のことをいう。酵素による反応速度は、ミカエリス・メンテン式により定義される。
    速度= Vmax x [S]/([S] + KM)
       [S]:基質濃度
       KM:反応速度が最大値(Vmax)の半分になるときの基質濃度
 KMは酵素に対する基質の親和性を表すパラメーターであり、KMが低いということは酵素・基質間の結合が強いことを意味する。この式から、以下の関係(近似式)を導き出すことができる。講義ではなぜこのように近似できるのかを説明した。
    基質濃度SがKMよりずっと小さいとき 速度=Vmax/[KM] x [S]
    基質濃度SがKMに等しいとき 速度=Vmax x 1/2
    基質濃度SがKMよりずっと大きいとき 速度=Vmax
(補足:細胞内の酵素反応)
 平均的な酵素が1秒間に基質と反応する回数は約1000回(kcat = ca.1000/s)である。細胞内には、酵素も基質も比較的少数しか存在しない。したがって酵素は、1秒の何千分の1という時間内に生成物を放出し、次の基質を探し出さねばならない。酵素や巨大分子は小分子に比べて細胞内での拡散速度は非常に遅い。しかし細胞内の小分子(基質分子)は熱エネルギーによって常に運動し、細胞内をでたらめに走り回っている(拡散運動)。それゆえ、分子はたがいに他の分子と衝突を繰り返し、常に運動の方向を変化させている(ランダム歩行)。個々の分子がランダム歩行で動く平均距離は、歩行時間の平方根に比例する。基質分子は水分子とほぼ同じ速さで運動し、10μm進むのに約0.2秒を要する。細胞内のような短い距離での反応において、拡散運動による酵素反応の進行は非常に効率的であることは容易に理解できる。また、酵素が基質分子と出会う頻度は基質分子の濃度に依存する。例えば細胞内の基質濃度が0.5mMのとき、基質は酵素の活性部位に毎秒50万回衝突することができるし、0.05mMなら毎秒5万回の衝突する。一方、分子の長距離移動には特別な輸送装置が必要となり、これは別のところで講義する予定である。

(補足:ミカエリス・メンテン式の導き方)
 酵素反応は、二つの次の反応が続いて起こっているとみなすことができる。
    S + E  <->  ES   -> (右向きの速度定数): k1、<- (左向きの速度定数): k-1
    ES  ->  E + P    -> (右向きの速度定数): k2
 ここでSとPは基質と産物、EとESは遊離の酵素と酵素基質複合体である。
 [ES]の生成と解離の速度は
    d[ES]/dt = k1[E][S]   および  -d[ES]/dt = (k-1 + k2) [ES]
 準定常状態では、生成速度と解離速度が等しいとみなされるので
    k1[E][S] = (k-1 + k2) [ES]
 また酵素の初濃度[E]0は全酵素濃度であるので
    [E]0 = [E] + [ES]
 K' = (k-1 + k2)/k1 とおくと
    ([E]0 - [ES])[S] = K'[ES] すなわち [ES] = [E]0[S]/(K' + [S])
 酵素反応の速度をVとすると
    V = k2[ES] = k2[E]0[S]/(K' + [S])
 ここでk2[E]0は全酵素がES複合体を形成したときの反応速度で最大Vmaxを意味する。
 すなわち以下のミカエリス・メンテン式が導かれる。
    V = Vmax[S]/(K' + [S])  (ここで通常K'はKMとおかれる)


第3回

  
3.呼吸によるエネルギー変換
(1)解糖系
 食物分子からエネルギーを得るための反応系(糖代謝・脂肪酸代謝)について講義した。細胞における酸化過程は多段階反応(段階的酸化)によるエネルギー生産(貯蔵)が大原則である。栄養として取り入れたデンプン、脂肪やタンパク質は細胞外においてそれぞれグルコースや脂肪酸とグリセリン、アミノ酸など単純な構成要素に分解される(消化)。このうちグルコース(6炭糖:炭素数6個の炭素化合物)は細胞質内の解糖系により2分子のピルビン酸に分解され、ミトコンドリア内においてアセチルCoAに変換される。グルコースからピルビン酸までの全過程で、それぞれ2分子のATPとNADHが合成される。
 解糖系は酸素の関与しない(嫌気条件下での)反応であり、基質レベルでの酸化によりATP合成を行う(これを広義には発酵という)。10個の反応からなる多段階反応であるが、このうち第6、第7段階の反応は共役反応系をうまく用いて、アルデヒド基をカルボキシル基に酸化することによりエネルギーを得ている。第6段階は無機リン酸から直接高エネルギーリン酸結合を生じる反応であり、第7段階は高エネルギー中間体による基質レベルでのリン酸化反応となっている。

 発酵は多くの嫌気性微生物も利用している反応系であり、それゆえ生命進化の初期に誕生した代謝経路と考えられている。酵母ではピルビン酸は脱炭酸されてアルデヒドに変換された後、解糖系で生じたNADHを消費してエタノールに還元される(アルコール発酵)。また筋肉細胞では、運動(筋収縮)により生じたピルビン酸はNADHにより乳酸へと還元される。筋肉痛は乳酸の蓄積により引き起こされると一部誤解されている面があるが、実は乳酸生成による細胞内のpH変化(酸性化)が原因で起こる炎症である。これらアルコール発酵や筋肉細胞でNADHを消費することは一見無駄のように思える。しかしながらNADH酸化によるNAD+の再生は、実は解糖系反応の維持・進行にとって非常に重要である。なぜならNADHが蓄積すると(NAD+が枯渇すると)、解糖系は第6段階で止まってしまうからである。

(バイオエタノール)
 最近、新聞やテレビ等でバイオエタノールという言葉を耳にする。バイオエタノールとは、サトウキビ、トウモロコシ、大麦・小麦、キャッサバ(ブラジル原産. アフリカ等で栽培される食用芋. シアン化合物を含むために毒抜きが必要. 乾燥後、保存食として使われる. お湯の中でふやかして食される.)などの植物資源(バイオマス)からつくられる燃料用のエタノールのことである。お酒の成分であるアルコールと全く同じものである。作り方も焼酎などのお酒と基本的に同じであり、植物から抽出した糖分を酵母等の微生物を使って発酵させる。このままではアルコール度数が低いので、さらに蒸留・脱水作業工程を加え、高濃度のエタノールを精製する。自動車の燃料として、ガソリンにエタノールを一定の割合で混ぜて使用されている。日本(沖縄県・宮古島)では、製糖工場で発生する糖蜜を原料にバイオエタノールを製造し、それを3%混合したガソリン(E3)を自動車用燃料とする走行試験が行われている。エタノールは、金属やゴムを腐食させる性質があるが、3%以内ならば日本国内で走っている自動車にもそのまま使うことが可能である。国内メーカーはすでにエタノール100%でも走行できる自動車を開発している。海外(特にアメリカやブラジル)ではバイオエタノールを自動車用燃料として利用する動きが広がっており、ブラジルではガソリンにエタノールを25%混合したE25が主流で、純粋エタノール(E100)で走行する自動車も、すでに約25%を占めている。
 そもそもバイオエタノールを自動車燃料として利用することが考えられ始めたのは、地球温暖化対策として交わされた京都議定書(1997年12月11日)による温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、フロン)の排出量削減の履行義務による。石油や石炭など地下から掘り出す燃料と違い、バイオエタノールなら、原料の植物を作り続けている限りにおいては、二酸化炭素の発生量は、プラスマイナスゼロになる。燃やしたときには二酸化炭素は出るが、太陽の力を借りて再びその植物を作れば、光合成で二酸化炭素を植物に吸収させることができるからである。
 京都議定書では、日本は基準年(1990年)に対して6%削減が義務づけられているが、現実は厳しく、2004年度の日本の総排出量は目標を14%も上回っている。この大きな要因の一つが車によるガソリン消費である。日本の部門別エネルギー消費比率で「運輸」関連は24.4%、つまり約4分の1を占めている。そこで石油の代替エネルギーとしてバイオエタノールが注目されている。日本国内のガソリンをすべてE3に替えると、運輸部門で見込んでいる排出削減量の約23%が達成可能と見込まれている。また混ぜた分だけガソリンの使用量を減らすことができ、エタノールを安くつくれば、その差額分が安くなる。特に原油価格が高騰している場合には経済的メリットも大きくなる。

(2)クエン酸回路
 糖の酸化(分解)過程で生じたアセチルCoAは、ミトコンドリア内のクエン酸回路により2分子のCO2へと完全に酸化される。この場合、アセチルCoAはいったんオキサロ酢酸(4炭糖)と結合しクエン酸(6炭糖)となり、多段階反応を経て再びオキサロ酢酸へと徐々に酸化されていく。クエン酸回路は1937年クレブスにより発見されたピルビン酸の好気的酸化過程であり、クレブス回路ともよばれる。アセチルCoAの2個の炭素はこの回路に入って2周め以降にCO2へと変換する。また発生する2分子のCO2の酸素原子4個は2分子のアセチルCoAの酸素原子2個とクエン酸回路に入り込む2分子のH2Oの酸素原子2個に由来していることに注意し、このクエン酸回路全体を理解して欲しい。すでに授業の最初に説明したが、細胞における酸化過程は多段階反応(段階的酸化)によるエネルギー生産(貯蔵)が大原則である。一度に酸化しても細胞は放出された全エネルギーを貯蔵するすべをもたない。各段階においてATPあるいはNADH1分子分のエネルギーを取り出すことができるよう、小刻みに酸化していく方法を用いている。クエン酸回路を一周するごとに、NADHが3分子、GTPが1分子、FADH2が1分子生じる。
 クエン酸回路の発見者であるクレブス(Krebs)は1930年代はじめ、5年以上の歳月を費やしてデータを蓄積することにより推論していった。ピルビン酸の酸化経路は、連続した直線的な代謝経路と考えられていたにも関わらず、閉じた回路になっているとの発見は大きな驚きであったに違いない。この発見には、コハク酸の基質アナログであるマロン酸が阻害物質として働くことが分かったことが大きな手がかりとなった。阻害物質の添加により蓄積される中間産物を分析したところ、どうしても閉じた回路として解釈する必要があった訳である。さらに回路中のある中間産物をどれか一つだけ添加してもピルビン酸と酸素の消費が増大することも判明した。このことは、この回路にピルビン酸が取り込まれて酸化的リン酸化反応が生じることを意味していた(当時としてはアセチルCoAの存在までを同定する分析技術はなかった.)。クレブスの偉大さは、現代の生化学者が必須と考えるような試薬や分析技術もなしに、複雑な代謝経路を解明したことにある。反応経路上の標識化合物を追跡する放射性マーカー、経路上で生じる種々の中間体を同定するための質量分析法も、彼の生きた時代にはなかった。放射性マーカー(たとえば14C)を利用して解明した代謝経路として有名なのは、植物光合成による炭酸固定経路(カルビン・ベンソン回路)であろう。この発見は1950年代の業績であり、クレブスに遅れること約20年である。
 さてここで、グルコース1分子が完全酸化されるときに、いったい何分子のATPが合成されるか考えてみよう。1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に酸化される解糖系では、2ATPと2NADHが生成される。また2分子のピルビン酸が2分子のアセチルCoAに脱炭酸されるときに2NADHが生じる。最後に2分子のアセチルCoAが4分子のCO2に酸化されるクエン酸回路では、2GTP、2FADH2、6NADHができる。NADHおよびFADH2は理想的な生理的条件下では、酸化的リン酸化によってそれぞれ3ATPおよび2ATPに変換される。GTPはATPと等価であると考えてよい。つまり合計すると、38分子のATPが合成されることになる。これはあくまでも理想的状態の値であり、30から38分子のATPと理解しておけばよいであろう。教科書によっては30分子とか35分子とかいう記載があるが、決して間違いではない。
 細胞内の代謝経路は互いに複雑に入り組んでいる。なかでも解糖経路とクエン酸回路の中間体の多くは別の異化経路や生合成経路と繋がっていることが多い。とくにピルビン酸にはそれを共通の基質とする様々な反応系が集中している。細胞全体としては絶妙なバランスを保ちながら制御されており、巧妙な調節機構が存在することは間違いない。この調節機構を理解するためにも、タンパク質の構造・機能の基本を学んでおくことは大切である。

(3)酸化的リン酸化
 クエン酸回路によって生じたNADH、FADH2は、ミトコンドリア内膜系にある電子伝達系において酸化される。引き抜かれた電子は、一連の酸化還元反応を経た後、最終的に酸素と結合して水となる。ここで我々が酸素呼吸で肺から取り入れる酸素は、決して二酸化炭素に変化しているわけではないことに注意して欲しい。グルコースが酸化されて二酸化炭素になるとき、生じる二酸化炭素の酸素が呼吸による酸素由来であると勘違いする人がいるが大きな間違いである。この酸化過程においてミトコンドリア内部から外部(膜間部)へとH+(プロトン)が移動し、内膜を挟んでH+の濃度勾配ができあがる。この濃度勾配がATP合成反応の駆動力の一つとなり、膜間部からATP合成酵素を通ってミトコンドリア内部へとH+が流れ込むときにATPが合成される。Mitchellは1966年、このメカニズムを化学浸透圧説として提唱し、後にノーベル化学賞を受賞(1978年)している。


第4回


4.光合成によるエネルギー変換
(1)非循環的電子伝達系

 はじめに光合成反応の研究に関する歴史を簡単に説明した。1772年、プレーストリはガラス鐘の中に置いたローソクの火は消えるが、その中に植物を入れてしばらくすると再び燃えるようになることから「植物は酸素を放出している」ということを主張した。1788年、セネビエは沸騰させて二酸化炭素CO2を追い出した水の中に水草を入れても気泡(O2)は発生しないが、息(CO2)を吹き込むと気泡(O2)は発生することを示した。このことは植物が光と二酸化炭素があるところで酸素を発生するということを意味する。しかしながら1939年、ヒル(Hill)は空気を抜いたツンベルク管に入れた葉緑体混液は、シュウ酸第二鉄(Fe3+)存在下、光を当てると酸素を発生することを見いだした(これをヒル反応と呼ぶ)。これにより、酸素の発生は二酸化炭素の有無には無関係であり、明反応と炭酸固定の反応(二酸化炭素をブドウ糖に変換する反応)は葉緑体内において明確に区別できる反応であることが明らかとなった(今では明反応にはチラコイド膜、炭酸固定にはストロマ画分が必要であることが分かっている.)。またシュウ酸第二鉄(Fe3+)はFe2+に還元され、このヒル反応は酸化還元反応であることが判明した。
 このような時代状況の中で、光合成単位としての光化学系の概念の成立を受けて、HillとBendallによる”斬新で革新的な”Zスキーム(非循環的電子伝達系)が提案された(1960年、Nature誌)37)。彼らの偉大さは、2段階の反応過程(水の酸化系とフェレドキシン還元系(NADPHの生成))をそれぞれ異なる光合成単位(光化学系のこと:現在は水の酸化系は系2、フェレドキシン還元系は系1と呼ばれる)が担い、その間にチトクロム(b6とf)が熱力学的平衡状態として存在していることを大胆にも推論した点にある。このチトクロム(b6とf)の機能については、彼らも当時の論文中で述べているように、当時、ミトコンドリア内で見いだされはじめていた各種のチトクロムが関与する反応単位(この反応単位は現在ではチトクロムbc1複合体として理解されている)と同じ機能(つまりエネルギー的にDown Hillの電子伝達反応が起こっていることを意味する)を想定したものである。その後、このZスキームは幾多の試練を経ながら、広く一般に受け入れらるようになったが、決定的で直接的証拠を提示したのがLamとMalkinによるin vitroでの再構成実験(1982年)38)であることは講義で説明した。またその後の光合成電子伝達系の研究において使用された、様々な阻害剤、人工的電子供与体・受容体の作用部位について確認しておくこと。

(2)電子伝達成分(酸化還元成分)
 非循環的電子伝達系で機能しているさまざまな電子伝達成分(酸化還元成分)について簡単に概説しておく。時間の都合上、講義できなかった。配布資料をもとに、教科書等を参考にしながら自分で勉強しておいてほしい。プラストシアニン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として銅原子をもつ。)、フェレドキシン(分子量10,000くらい;酸化還元中心として[2Fe-2S]型あるいは[4Fe-4S]型をもつ。[2Fe-2S]型はシアノバクテリアや高等植物の葉緑体で機能している。)、FNR(フェレドキシン・NADP酸化還元酵素、分子量36,000くらい;補酵素としてフラビンをもち、2電子の酸化還元反応を仲介する。)はすべて水溶性タンパク質である。キノンは1電子還元を受けてセミキノン型、2電子還元を受けてキノール型となり、それぞれ光化学系2(紅色細菌型反応中心)のQA、QBサイトで機能している。正しくはQBサイトでは、キノンは水分子が酸化されることによって放出された2個の電子を光化学系から最終的に受け取り、ストロマ側からは2個のプロトンH+を供給されることにより還元型キノールとなる(QAサイトでは1電子還元の反応のみが起こる)。また還元型キノールはQBサイトから解離(遊離)し、膜の中を移動して(泳いで)いき、b/c(b6/f)複合体で酸化されることが分かっている(*キノン(キノール)は脂溶性の電子伝達成分であり、細胞膜中を泳ぐようにして移動することが可能である。)。このキノールの酸化の際に脱離するプロトンがルーメン側に放出され、結果的に膜の外側(ストロマ側)から膜の内側(ルーメン側)にプロトンが流れ入ることになり(これをプロトンのベクトル量的移動という)、膜内外のΔpH形成が生じる。このメカニズムについてはb/c(b6/f)複合体のQサイクルを理解する必要がある。このQサイクルはMitchell(化学浸透圧説によりノーベル賞受賞)が提唱したモデルであり、b/c(b6/f)複合体の立体構造が明かされた際、その正当性が認められた。Mitchellがまだ存命ならば、2回目のノーベル賞を受賞したであろうと言われている。さらに水の分解によってルーメン側でプロトンの放出、NADP+の還元によってストロマ側でプロトンの消失が起こっている。これはプロトンのスカラー量的移動と言われ、もう一つのΔpH形成の要因であることを理解しておく必要がある。プラストシアニン、フェレドキシンは1電子反応、FNR、NADP+は2電子反応であることに注意。これら電子伝達成分が機能している部位についても当然ながら確認しておくことが望ましい。また光合成電子伝達系の研究で使用される主な阻害剤と阻害部位については前回の授業ですでに説明した。

3)反応中心の構造・機能
 反応中心は大きく2つのタイプ(キノンタイプとFeSタイプ)に分けられる。キノンタイプ(タイプ2)は紅色細菌型反応中心および光化学系2、FeSタイプ(タイプ1)は緑色イオウ細菌型反応中心および光化学系1である。これらは末端電子受容体の種類によって大別されており、構造的・機能的に関連性が深い。進化的には光化学系2の祖先型は紅色細菌型反応中心、光化学系1の祖先型は緑色イオウ細菌型反応中心と考えられている。紅色細菌型反応中心については1985年、詳細な立体構造が報告され、光反応中心の研究が大きく進展した。ちなみに紅色細菌型反応中心は膜タンパク質として世界で最初にX線結晶構造解析が成功した事例であり、1988年にはノーベル化学賞を受賞している。この余りにも速いノーベル賞受賞は、光化学反応中心の構造解析が与えたインパクトが当時としては絶大であったことがうかがえる。また光化学系1およ2については2001年初頭、相継いでその立体構造が同一グループ(ドイツ・マックスプランク研究所)から報告された。授業では反応中心に含まれる電子伝達成分と空間配置等について十分な解説をする時間がなかった。配布プリントを参考にしながら理解を心がけて欲しい。*タイプ1および2の反応中心の電子伝達成分を配位するタンパク質(コアタンパク)については、一次構造上、互いのsimilarity(homology)は低い(10-20%)が、フォールヂング・モチーフはきわめて類似している。このことは進化的にはすべての反応中心が同一起源であることを強く示唆している。
 光化学系2の酸素発生系は、太陽エネルギーから無限の化学エネルギーを得る方法としても注目されている。2004年、水分解系に関与するMnクラスターの立体構造が報告されたが、まだ分解能は低くて最終結論は未だに保留されたままである。今まで報告されてきた分光学的データとの一致が見られないらしい(つまりもう少し分解能がよくならないとMnクラスターの構造に関する結論は出ない)。酸素発生の分子機構を説明する「S-stateモデル」(2分子のH2Oが(4光子により)4電子酸化を受けて1分子のO2が放出されるというモデル)については教科書にも説明されているので各自で勉強しておいて欲しい。S0からS4までの各S-stateとMnクラスターの酸化還元状態との対応づけが今後の大きな課題となっている。


<補足> S-stateモデル(ヴォート基礎生化学第5版に詳細に記載されている)
1971年、P. JoliotとB. Kokは、約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液に短い閃光(20μsのフラッシュ)を1秒ことに照射すると、閃光当たりに発生する酸素量が4閃光ごとに変化するという周期性を見出した。つまり3、7、11発目の酸素発生量が最大になることから、酸素発生系には5つの状態があり(S0, S1, S2, S3, S4)、1回の光反応によってS1から順番にS4まで進んでいき(合計4回の光反応)、S0からS1に戻るときに酸素が発生すると考えた(最初に約15分間、暗所に置いた葉緑体懸濁液はS1状態にある)。振幅が徐々に小さくなるのは、1回の閃光で反応しない、あるいは2回反応してしまうような反応中心が確率的には存在し、少しずつ酸化還元状態が不均一になってしまうためである。この考え方は、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生する反応は4電子酸化反応であり、4光子を必要とする光化学反応であるという考え方を支持する結果であった(1個の光子が1電子酸化反応を進めることになる)。酸素発生系には4個のMnと1個のCaから構成されるクラスターが関与しているが、これらS0〜 S4の状態はクラスターの酸化還元状態を示していると推測されているが、詳細な構造解析が待たれる。さらに光合成電子伝達反応が効率よく駆動するためには、光化学系II反応中心とI反応中心が協調的に働く必要がある。2分子のH2Oから放出された4電子は、1個ずつ順番に光化学系I反応中心に到達し、もう一度光化学反応により電子の持つエネルギーがさらに高められ、フェレドキシンの還元(1電子還元反応)が起こる。したがって、非循環的電子伝達経路において、2分子のH2Oを分解して1分子の酸素を発生するためには8個の光子を必要とする。このS-stateモデルは、光合成反応の最小単位としての光化学系の考え方と結びつけ
て考えると、理解しやすいであろう。



以下は2018年度まで行っていた講義の一部です。2020年初頭に突然起こった新型コロナ感染症拡大は想定外の出来事でしたが、何かの参考になればと思い、残しておきます。いずれCovid-19パンデミックが終息したときに、加筆していきたいと考えています。

番外編:新型インフルエンザによるパンデミック(ウィルスの引き起こす病気について)

 まだ記憶にあると思うが、2009年の豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)は世界的大竜以降(パンデミック)を引き起こし、2年後の2011年3月、ようやく通常の季節性インフルエンザとなったことが厚生労働省から発表されて終息宣言が出された。また2010年4月初め頃、国内において口蹄疫発生が報告され、宮崎県では畜産農家が大被害を受けるに至った。2013年の3月末には、中国政府が鳥インフルエンザウィルスに中国人3名が感染したと公表し、その後、130名近くの感染者拡大および40名近い死亡者が報道されている。2014年4月には、熊本県内において鳥インフルエンザが検出され(H5亜型)、11万羽が殺処分された。2015年には、中東からもたらせれ韓国で感染が拡大しているMERSのニュースが話題となった。人類が存続する限り、永久に闘っていかなければならないすウィルスについて、今年度も講義しておきたい。
 まず、2010年の口蹄疫についての報道をまとめておく。(2010年)4月20日に口蹄疫感染の疑いがある牛が見つかり、その農家で飼育されていた全16頭は殺処分された。しかし初期対応が遅かったこともあり、その後被害が拡大し、宮崎県では約15万頭の家畜(牛約2万頭・豚約13万頭)が殺処分対象となった(2010年5月25日現在)。口蹄疫はウィルスが原因の家畜伝染病(牛、豚等の偶蹄類の動物の病気であり、人に感染することはない)であり、極めて感染力の強いウィルスであるため、家畜伝染予防法で同じ農場の家畜はすべて殺処分と決められている。口蹄疫ウィルスの感染経路には接触感染のみならず空気感染(塵や埃に付着したウィルス)のため、被害地域も広範囲となってしまう。気象条件にもよるが、陸上では60キロ、海上では250キロも風に乗って移動するといわれている。欧州では海を越えて、フランスから英国に、デンマークからスウェーデンに飛んだ記録もある。口蹄疫の症状としては、発熱、多量のよだれが見られ、舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根などの皮膚の柔らかい部位に水泡が形成されることもある。幼畜の場合は致死率が50%に達する場合もあるが、成畜では数パーセントである。しかし、乳収量や産肉量が減少するため、畜産業には大きな打撃となることに間違いない。ワクチンを接種しても家畜の体内にウィルスは残る。それゆえ感染を予防するためではなく、あくまでも感染の拡大を食い止めるためと理解する必要がある。特に豚は牛の100倍〜2千倍のウィルスを出すそうで、対応が急がれる理由もそこにある。英国で2001年に口蹄疫が拡散し、結果約600万頭が殺処分になったときの被害総額は約1兆円であったという。
 2007年の春に日本の各都市部で麻疹が集団発生したことは記憶にあるだろうか。大阪大学においても6月末にいくつかのクラスで発生し、私の授業も多くの学生さんが出席停止を余儀なくされた。その頃は高病原性鳥インフルエンザウィルスの話題がマスコミを賑わしていたが、この麻疹騒ぎでテレビや新聞の報道では触れられることがなくなってしまった。世界保健機構がはフェーズ6にあたる「パンデミック」がいつ、どこで起こっても不思議ではない、とのメッセージを静かに流し続けてはいたが、ほとんどの人は聞き流し、懐疑的であった。そして2009年のゴールデンウィーク前に突如として現れた新型インフルエンザは、幸いにして豚インフルエンザウィルス由来の弱毒性H1N1型であった。メキシコで発生し、初期対応が遅れてしまったことが世界各国に広がる原因となってしまったことは否めないが、それでも世界保健機構は警告レベルを一気にフェーズ4にまで引き上げ、世界に注意喚起を促した。日本では5月下旬に神戸、大阪の高校生を中心に広まったが、小中高および大学の臨時休校という前例のない措置で乗り切った。大げさな対応であるという非難もあろうが、少しでも対応が後手になり、患者数が急増してしまったならば、当時としては医療機関がパンクしてしまう可能性もあった。しかしながら南半球の季節は北半球と逆であり、インフルエンザが猛威をふるい始め、とうとう世界保健機構はフェーズ6に引き上げた。半年後、北半球が冬を迎えるときに再び猛威をふるうのではないかと危惧されていたが、生活者一人一人の感染予防意識の高まりも幸いしたのか、危惧される状況にまで患者数が急増することはなかった。。これまでの教訓が生かされた対策作りのお陰であろうか。今日の授業では、ウィルスの引き起こす病気にはさまざまなものがあるが、インフルエンザウィルスを中心に講義した。少し専門的な用語もあり難解であったかも知れないが、生物学の基礎をしっかりと学んでおけば、新聞報道やWEBサイトを情報源として十分に理解できる内容である。学生の皆さんには、自らが学んでいく力(学力)をつけて欲しいと願っている。実は今日の講義資料のほとんどは、私自身がここ数年、自身の興味に任せていろいろなメディアを使って調べて蓄えてきたものであり、正確さに欠ける事柄があれば指摘していただきたいとも思っている。
 インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)は本当に起こるのか?、と誰もが疑問を抱いている。世界保健機構が2003年のSARSを教訓に策定した鳥インフルエンザ(H5N1型)のパンデミックに備えたフェーズ1から6までの流行レベルがある。実は20世紀においても、フェーズ6にあたるパンデミックは3回起こっている。1918年-1919年のスペイン風邪、1957年-1958年のアジアインフル、1968年-1969年の香港インフルエンザ、である。ほぼ30-40年毎に起こっている大流行という周期を考えれば、いつ新型インフルエンザ(鳥インフルエンザ)が起こっても不思議ではない。
 インフルエンザウィルスは細胞ではなく、自ら分裂して増えることはできない。遺伝情報としてはごく限られた遺伝子(通常、数個まで)しか持たず、宿主である動植物の細胞にエンドサイトーシスにより侵入し、宿主細胞のもつDNA/RNA複製装置・翻訳装置をかりて自身の遺伝子を増幅し、必要なタンパク質を作る。ウィルスの殻を構成しているヘマグルチニンという突起状タンパク質は宿主細胞膜表面の糖鎖の種類を認識し、ヒト由来ウィルスはヒト細胞と豚細胞へ、鳥由来ウィルスは鳥細胞と豚細胞へと感染する。したがって突然変異が生じない限り、ヒト・鳥の間で直接、ウィルスが伝播・感染することはない。パンデミックが危惧されている高病原性鳥インフルエンザウィルス(H5N1型)は、現在、鳥からヒトへの感染は確認されているが(たぶん高濃度のウィルスにさらされたのが原因だろう)、ヒトからヒトへの感染は確認されていない。しかし、いつ突然変異を生じ、ヒトからヒトへと感染するようになるか分からないと言われている。今回の豚由来のインフルエンザウィルスはヒトからヒトへと感染するように突然変異が生じたものであると考えられている。遺伝子解析では、4種の遺伝子(ヒト、鳥、北米の豚、欧州・アジアの豚)の遺伝子が混ざったものであることも明らかとなっている。ここで遺伝子解析のために使われるPCR法の原理を理解しておいて欲しい。最近の犯罪捜査にも有効な手法であることが強調されている。
 インフルエンザの特効薬であるタミフル(リレンザ)はウィルスの殻にあるノイラミニダーゼという酵素の阻害剤である。ウィルスが細胞内で増殖し、最後に細胞を破って出て行くときに、宿主細胞の細胞膜を破壊するために働く酵素がノイラミニダーゼである。つまりタミフルは宿主細胞内で増殖したウィルスを細胞内に封じ込める役目をするのであって、決してウィルスそのものを不活化inactivate(死滅)させたり、ウィルスの浸入を防ぐものではない。タミフルは経口投与であるが、同じ機能をもつリレンザは吸入投与である。ウィルスは気管上皮細胞に浸入・増殖するため、吸入投与の方が即効性が期待されるが、小児や高齢者には処方しにくい。最近の報道では、ゾフルーザと呼ばれるインフルエンザ新薬が発売された(2018年3月14日)。この抗インフルエンザウィルス薬は、ウィルスのmRNA合成を阻害する働きがあり、ウィルスそのものが細胞内で増殖するのを防ぐ働きがある。この作用機序(キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤)については、いずれ詳しく講義する予定である。
 さて、鳥インフルエンザ(H5N1型)とはどのようなウィルスなのであろうか?一旦、突然変異によりヒトからヒトへの感染能力を獲得したならば、世界中で何千万ものヒトが死に至り、1918年のスペイン風邪以来の大惨劇となるのではないかと危惧されているのだから、やはり脅威である。そもそもインフルエンザ・ウィルスとは、トリ(ニワトリ、カモ、アヒル)などの家禽類、およびブタ、馬などの家畜類に感染し、通常は毒性の弱いウィルスであり、ヒトに感染して病気を発症させるようなことはない。それゆえ、このウィルスは普通、鳥インフルエンザ・ウィルスという名称で呼ばれている。しかしながらこのウィルスは非常に変異が激しく(突然変異が生じやすい)、トリやブタの体内で保持されているうちに強毒性に変異し、ヒトへの感染力をも獲得する場合がある。ここ数年、よく東南アジア方面で鳥インフルエンザ・ウィルスがヒトに感染して発病した、というニュースが飛び込んでくる。中には死に至ったという重篤なケースもある。報告されている感染者数の半数近くが亡くなっているのだから、脅威と言うしかない。2006年11月26日では、韓国の養鶏場で約6000羽の鳥が強毒性の鳥インフルエンザH5N1型で大量に死んだという報道があった。今般話題のこのウィルス、H5N1型は、現在のところ鳥やブタからヒトに感染はするが、ヒトからヒトへの感染能力は獲得していない。しかしながら、ヒトからヒトへの感染能力を獲得するのは時間の問題と考えられている。ヒトからヒトへの感染能力を獲得した新型ウィルスは、一般にはブタの体内で鳥インフルエンザ・ウィルスとヒトインフルエンザ・ウィルスが交じり合って誕生することが分かっている。実際、1968年の香港インフルエンザ(H3N2)は、カモに運ばれたウイルスが中国南部でアヒルに感染し、それがブタにうつり、ブタの体内でヒトのウイルスと交じり合って新型ウイルスになったことが日本の研究者により解明されている。ヒトからヒトへの感染能力を獲得した新型ウイルスは、ヒトの遺伝子断片をゲノム中に取り込んでいる。最近、1918年のスペイン風邪で亡くなった人をアラスカの永久凍土から掘り返し、インフルエンザウィルス(A型H1N1)を甦らせたという報告があった(Nature誌、Vol.437: 794-795)。このウィルスをマウスに感染させたところ、すべてのマウスが6日以内に死んだという。またこのウィルスのゲノム中にもヒト遺伝子断片が確かに挿入されていた。
 さて、そもそもH5N1型ウィルスは、1997年5月、香港の九龍地区において発見されたのが最初の報告である。3歳の男子が風邪の症状で亡くなり、H5N1型と名付けられたに新型ウィルス感染していたことが判明したのである。本来、鳥インフルエンザ・ウィルスは鳥やブタの間では感染するがヒトへの感染力はもたない。この年の8月、香港は中国への返還をひかえていたために、WHOや中国政府はしばらく戦々恐々としていたことは想像に難くない。幸いにしてその後半年間は何事もなく平穏な日々が続いたが、突然11月になって、このH5N1型ウィルスへの感染患者が現れはじめ、年末までに17人が感染、そのうち5名が死亡した。ウィルスに感染した患者のすべては、やはり鳥やブタなどの家禽類・家畜類からの感染であった。しかし致死率30%という非常に毒性の強いH5N1型ウィルスを目の当たりにしたWHOと中国政府は、その年の暮れも押しせまった12月28日の深夜、香港地区のニワトリ150万羽の大殲滅作戦を敢行した。最初は首をはねて殺したというが、それでは追っつかないということで、炭酸ガスによる大量毒殺を挙行したという。そして何事もなかったように新しい年を迎え、H5N1型ウィルスは収束するかに思われていた。しかしながらウィルスは渡り鳥を介して、東南アジアや中央アジアへと密かに広がっていた。数年前から、日本の各地でもH5N1型ウィルスに感染したニワトリ、カラスが発見されているという報道は記憶に新しいと思う。その都度、感染の疑われる養鶏場のニワトリはすべて処分され、かろうじて日本国内では封じ込めのための水際作戦は今のところ成功しているように見える。ところがH5N1型ウィルスに感染した鳥がヨーロッパ各地で見つかり始め、ニュースでも大きく取り上げられるようになった。
 ウィルスに感染した鳥が見つかったときには、その地域の家禽類を全て殺処分することが原則となっている。その理由は、トリとヒトとの間での感染・発病ならばその地域だけの風土病としていずれは終息に向かうことが期待されるが、いつ何時、ウィルスに変異が生じてヒトからヒトへの感染力を獲得するかどうか分からないからである。今日、ヒトの往来が全世界的な規模なっている時代では、ヒトへの感染力を一旦獲得したウィルスは当然、短期間のうちに全世界へ拡大してしまう危険性がある。12年前(2003年)、あれだけ全世界を震撼させたSARSウィルスを例にとれば容易に理解できると思われる。また日本では毎年、今冬に流行するインフルエンザの型を予測し、ワクチンの生産が行われている。実は生産されるワクチンの型は、その年の春頃(4-5月)に東南アジアで流行するインフルエンザ・ウィルスの型から予測されている。つまり東南アジアで発症したインフルエンザ・ウィルスが全世界に拡大していくという構図になっている。東南アジアの食文化は家禽類が中心である。家畜の衛生状態を改善していく必要もあるが、個人的には現時点では如何ともしがたい状況であると感じている。ちなみに2005年8月に発表されたWHO報告では、ウィルス征圧には数年かかるとされている。人類への甚大な被害をもたらさないうちに、何とか駆逐されることを祈るのみである。

(補足)
 2007年の春ごろ、東京都をはじめ、神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府などで麻疹が集団発生したことは記憶に新しい。発症者の多くが大学生・高校生であり、彼らが子どもの頃に予防接種による副作用が原因で死亡事故が多発したために予防接種を控えたり、就学前(小学校入学前)に2回目の接種をしなかった人が多いためと報道されている。麻疹は空気感染力の非常に強いウィルス病であるが、幼児期に感染しても、あるいはたとえ予防接種を受けていたとしても、免疫は終世保たれるわけではない。発病しない程度に感染し、免疫記憶が更新される必要がある。
 麻疹ウィルスは、例え感染したとしても決して終世免疫は得られないことを認識しておく必要がある。この麻疹ウィルスは、直径が100-250nm、エンベロープを有し、遺伝情報としては一本鎖RNAをもつ。感染経路は空気感染・飛沫感染・接触感染で多彩であり、予防法としてはワクチンによる予防接種しかないとされている。またリンパ節、脾臓、胸腺などの全身のリンパ組織を中心に感染・増殖する。潜伏期は10-12日と長く、その後発症すると、カタル期3-4日(熱は39度前後)を過ぎて、一旦熱が1度ほど下がるがすぐに発疹期4-5日(熱は40度近い)に入り、その後回復期3-4日を経過して治癒していく。よく3日麻疹と勘違いする人がいるが、その病名は正確には風疹で麻疹とは異なる。医学書の類では、出産を希望する女性や将来医療関係に進む人には積極的に麻疹の抗体価を測定し、抗体価が低い場合にはワクチンを接種するように勧めている。
 また2006年暮れには、ノロウィルスによる集団感染が深刻な事態になっていることが新聞・テレビ等で報道された。ノロウィルスは非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウィルス(エンベロープをもたない小型球形ウィルスで一本鎖RNAを遺伝物質としてもつ)の一種である。カキなどの貝類による食中毒の原因でもある。約30種の遺伝子型があり、感染性胃腸炎の原因となるのはGII4型である。最近、老人ホームや病院、ホテル等で集団感染していのはすべてGII4型であることが判明している。このGII4型はヒトからヒトへ感染する特徴があり、接触感染や空気感染で広まっていく。ホテル客が廊下で嘔吐し、カーペットに付着したウィルスが飛散することによって3階と5階の客の大半が感染したというのだから、その感染力には恐るべきものがある。残念ながら治療法は確立していなく、ワクチンも開発されていない。一度ノロウィルスに感染して発症したのなら、脱水症状に注意して自然治癒するまで安静にしておくしかないという。しかも免疫も1-2年でなくなるらしい。有効な予防方法は手洗い・うがいの励行、食品の加熱しかない。我が家も2006年の冬、家族全員が次々に感染し、ダウンしてしまった経験がある。
その他、天然痘ウィルス、エボラ出血熱、SARS(サーズ)について紹介する予定である。



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