3 研究の背景と概要

 近年、研究室内でワカレオタマボヤ(Oikopleura dioica)の継代飼育ができるようになったことで、オタマボヤを用いた研究への可能性が大きく広がりました。ワカレオタマボヤは実験動物として以下のような特徴があることから、発生生物学において新たなモデル生物となる可能性を十分に備えていると考えられます。

  1. 研究室での継代飼育が可能
  2. ライフサイクルが非常に短く、18℃で飼育した場合5日で卵や精子を産む
  3. 世界中でみられる種であり、日本での採集も容易である
  4. 卵や胚が透明で顕微鏡観察に適している
  5. 胚細胞の数が少ない
  6. 成体の構造が単純である
  7. 脊索動物に共通の特徴を終生保持し、他の脊索動物との比較が可能である
  8. ゲノムプロジェクト、ESTプロジェクトが進行している
  9. ゲノムがコンパクトで遺伝子間距離が短い(5kbに1遺伝子)
  10. 遺伝子重複がほとんどない

 これまでオタマボヤの発生に関する研究は、1910年のDelsmanによるワカレオタマボヤの胚発生の報告のほか、オナガオタマボヤに関する報告が西野ら(2001)によってされた他にはほとんど行われていませんでした。そのため、ワカレオタマボヤの発生に関する基本的な知見はまだ十分とはいえません。そこで本研究室ではまず、ワカレオタマボヤの発生に関する基礎データの構築を目指して研究を行っています。これまでに「32細胞期までの卵割過程の観察と各割球の命名」を行いました。そのデータをもとに現在、「細胞系譜の作成」、「電子顕微鏡による割球の観察」を行っています。また今後、「各組織の分化マーカーの単離」を予定しています。これらの情報は今後、オタマボヤで分子生物学的な解析をする際に非常に有用となることが期待されます。

 また、ワカレオタマボヤは変異体作製と解析に適した実験動物であると考えらます。これはワカレオタマボヤが、継代飼育できること、ライフサイクルが短いこと、ゲノムがコンパクトで遺伝子間距離が短いこと、遺伝子重複がないことなどの利点を持つためです。この点でワカレオタマボヤは研究対象として特に今後有望な実験動物になると私たちは考えています。変異体作製・解析は、現象から原因遺伝子やメカニズムを突き止めることのできる有効な研究手法です。(同じ尾索動物のカタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)ではすでに、トランスポゾン導入による欠質変異体の作製と解析が進んでいます(Sasakura et al., 2005)。ホヤで行われている変異体作製法はオタマボヤでもおそらく適用ができると考えられ、当研究室でも「トランスポゾンを用いた突然変異体の作成とその技術の開発」が始まっています。

 以下のセクションでは、各研究内容について説明をしていきます。

参考文献

  • Delsman H.C. (1910) Verh. Rijksinst. Onderz. Zee. 3, 3-24.
  • Nishino A. et al., (2001) Dev. Genes Evol. 111, 219-231.
  • Sasakura Y. et al., (2005) Proc.Natl. Acad. Sci. USA. 102, 15134-15139.

3-1 32細胞期までの卵割過程の観察と各割球の命名へ

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