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RESEARCH

研究概要

私たちの体を構成する細胞は,必要なものを必要な場所に必要なタイミングで供給する効率的な「物質輸送システム」を内包していて,その機能は生命活動に必須です.本研究室では,原子レベルの構造解析と1分子レベルの機能解析の両面からのアプローチにより,この細胞内物質輸送とロジスティクスの分子機構を明らかにすることを目指しています.最近では特に,脳神経系での物質輸送に重要な役割を果たす巨大蛋白質ナノマシン「ダイニン」の作動機構研究に注力していて,その原子構造決定に成功しています.

細胞内輸送システムとは

図1:細胞中心方向輸送エンジン「ダイニン」の原子構造
図1:細胞中心方向輸送エンジン「ダイニン」の原子構造 (Kon et al., 2012, Nature 484, 345)

細胞内では蛋白質をはじめとする多種多様な高分子が毎秒数メートルという猛スピードで熱運動しています.しかし熱運動の方向はランダムであるため,特定の方向への長距離輸送には有効ではありません.例えば,1メートルの長さを持つ神経細胞では,標準サイズの蛋白質分子が細胞体から神経末端に到達するのに,熱運動では100年以上の時間が必要となるのです.真核生物の細胞は,能動的に物質を輸送する蛋白質システムを確立することで,長距離輸送問題にうまく対処しています.この輸送システムは,細胞内物質輸送,細胞分裂,細胞移動など広範な生命活動の基盤となるプロセスを支えていて,部分的にでも欠損すると神経変性疾患,発生異常,不妊など多様な障害を引き起こすことが明らかにされています.本研究室では,この重要な細胞内輸送システムの働くしくみを原子レベルで解明し,化学と物理の言葉で理解することを目指しています.

細胞中心方向輸送エンジン「ダイニン」の運動機構解明

図2:微小管レール上をステッピングしているダイニン輸送複合体のクライオ電子顕微鏡像構造解析
図2:微小管レール上をステッピングしているダイニン輸送複合体のクライオ電子顕微鏡像構造解析 (Imai et al., 2015, Nature Commun. 6, 8179)

細胞内輸送システムのエンジンに相当するのが,細胞骨格系分子モーターとよばれる3種類のタンパク質群―ミオシン,キネシン,ダイニン―です.これらのなかで,微小管マイナス端方向(一般的には細胞の中心方向)への物質輸送を一手に担うダイニンの運動機構については,半世紀に及ぶ研究にも関わらず多くの未解明問題が残されています.私たちは,ダイニン運動機構理解の鍵となる原子構造決定に取り組んできました.まず,構造・機能解析の基盤となる組換えダイニンの大量発現系を世界に先駆けて確立しました.次に,ダイニン中核領域(モータードメイン)の結晶化と4.5 Å分解能での解析を行うことで,2次構造レベルでその構造を明らかしました.さらに,2.8 Å分解能での結晶構造解析を行うことにも成功し,各アミノ酸残基レベルで運動機構の議論が可能なダイニン中核領域の原子構造を決定しています.今後の重要課題は,ダイニン分子がどのようなしくみで力を発生し微小管レール上を一方向に運動するのか,その構造基盤を明らかにすることです.そのために,蛋白質結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡解析を中心とした多角的アプローチによる構造研究を進めています.

細胞内物質輸送解明に向けて

図3:輸送機構異常変異体の軸糸構造
図3:輸送機構異常変異体の軸糸構造 (©2012 Bui et al. J. Cell Biol.. 198:913-925. doi: 10.1083/jcb.201201120から改変)

細胞内輸送システムは,タンパク質複合体のようなナノメートルサイズの比較的小型なものから,エンドサイトーシス経路の膜小胞,ゴルジ体,ミトコンドリアや核などマイクロメートルサイズの巨大物質まで多種多様な積み荷を輸送しています.しかし,どのようなしくみで特定の積荷を選別・積載し,細胞内の特定の位置に輸送し,積荷を降ろして元の位置に戻るのか,という基本事項でさえ私たちの理解は不十分です.本研究室では,特に神経軸索輸送や繊毛内輸送に焦点を当てて,その分子機構の全貌を生化学・構造生物学・細胞生物学を融合したアプローチにより解明してきたいと考えています.